[原子力産業新聞] 2003年1月7日 第2167号 <9面> |
[原研など] 放射線を使って花の新品種開発日本原子力研究所の高崎研究所にあるイオンビーム照射施設を使って、キクやカーネーションの新品種を育成する研究が、一部実用化を視野に入れた開発段階に入るなど、成果が形になりつつある。カーネーションの研究では日本原子力研究所やキリンビールなどが共同で研究し、その成果を受け、キリンビールが商品化めざして開発を続けている。今号でその研究の概要を紹介する。 先進の放射線利用、高崎研施設を中核に日本原子力研究所の高崎研究所に新鋭のイオンビーム照射施設「TIARA」が整備されたのは1991年。 数十KeVから数百MeV領域での我が国最初の本格的なイオンビーム利用の拠点的研究施設として、花の新品種育成のような植物資源利用から、基礎物理等の基礎研究、宇宙環境で使用できる材料の開発、核融合の新材料開発など幅広い可能性を追求するために利用されてきており、同研究所はじめ研究機関や大学、メーカーが様々な研究開発を進めてきている。 すそ野広いイオンビームの利用研究イオンビームは、TIARAの大型加速器(AVFサイクロトロン)を用いて、原子核(イオン)を光に近い高速度で加速し、正に荷電したビームを取り出す。非常に透過性は浅いものの、植物の種子や培養体に照射することにより、突然変異を起こすなどの局所的に大きなエネルギーを与え、また透過深度も調整ができるという特徴がある。そのため、がん治療などの医学分野や、宇宙など極限環境で使用する新材料の開発、さらにバイオ研究と、応用研究の裾野の広さが各界の耳目を集めている。 TIARAは24時間稼働体制でフルに利用され、ベルトコンベア方式での照射スケジュールが組まれ、連日利用テーマが目白押しの状態という。 複色や条斑の新品種など多彩に植物への応用は、たとえば、植物の種子に照射して、ある遺伝子のみに突然変異を起こすことが可能で、従来行われてきたガンマ線とはひと味違った可能性を持っている。 たとえば、キクの変異種開発では、従来放射線ではできなかった複色等の多様な色の新品種を作り出すことができる。 日本原子力研究所は90年代当初から花の新品種開発などの研究を世界に先駆けて開始。キクの研究では一九九八年六月に、従来のガンマ線の照射では得られなかった複色や条斑等の変異種を作り出すことに成功した。 ガンマ線では、ほとんどの変異体では淡桃か濃桃への花色変異を示し、しかも大部分が単色になるが、イオンビーム照射では白、黄、橙などに種類が広がり、また同時に一つの花に二色以上が混ざる複色や花弁にストライプのはいる条斑タイプの変異体が多数誘発された。 変異させる元のキクには桃色のキク品種「大平」を用い、花弁や葉片の培養体に炭素イオンビームを照射し、DNAレベルで変異を起こし、それを再分化して育成した結果、多彩な色のキクが誘発されたもの。 それまで、イオンビームは、ある遺伝子だけに効率よく突然変異を起こせると考えられてはいたが、どのような突然変異が起こるのか全く知られていなかったもので、多彩な花色変異を短期間に育成できるようなど、イオンビームの新たな可能性を実証してみせることとなり、世界的にも注目を集めることになった。 それ以降の研究で、昨年11月までに、イオンビーム照射と植物の再分化技術を用いて、キクの原品種「大平」から六種類の実用的花色突然変異品種の育成に成功している。この技術は従来の突然変異育種に比べて、キメラのない遙かに幅広い種類の突然変異体が誘発でき、今後ほかの作物への適用が期待できる状況になっているという。 なお、この研究は共同研究の形で進められており、日本原子力研究所高崎研究所でイオンビーム照射技術の開発および突然変異の誘発を実施、農業生物資源研究所放射線育種場で変異個体の再生、変異系統の選抜が行われた。また、沖縄県農業試験場園芸支場で、育種材料の選定と選抜系統の検定が行われた。 今後も各機関の共同研究の形で実用化を視野に入れた研究開発が進められる。 花びらの形決める遺伝子の発見もまた、2000年9月には、日本原子力研究所がイオンビームを植物の種子に照射し、花びらの先端がフリル状になる新しい突然変異体を作り出し、花びらの形を決める遺伝子が存在することを発見する等の成果もあげている。遺伝子関連の研究で近年、いつ花が咲き、どの部分が花びらやおしべになるのかなどについて次第に明らかになってきているが、花びら自体の形がどのように決まるのかはこれまで分かっておらず、それに対応した突然変異体も得られていなかった。そこで、シロイヌナズナの種子に高エネルギー炭素イオンビームを照射することによって突然変異の誘発を試み、その次世代で花びらとガクの先端部だけがギザギザでフリル状になる突然変異体を作り出すことに成功した。花びらの形だけが変化した変異体を初めて作り出すことに成功している。 このほかにも、大学等との共同研究で紫外線に強いイネの開発研究が進められているほか、花粉の少ないスギの新変異種育成研究も近く本格的に共同研究をスタートする計画で、イオンビームを用いた広範な利用研究の可能性はますます広がりをみせている。 2004年にも商品化 キリンビール、カーネーションの新品種日本原子力研究所との共同研究により、新しい育種技術「イオンビーム育種」を使ったスプレーカーネーションの新品種開発に成功したキリンビールでは、同カーネーションの二〇〇四年の商品化を目指し、現在更なる調査・研究開発を行っている。 今回開発に成功した品種は、同社の有力スプレーカーネーション「ビタル(チェリー色)」の花色変化。「ビタル」は有力品種ながら現在花色が一色しかないため、数種類の花色をシリーズ展開することで、販売の拡大を狙う。 なお、「イオンビーム育種」では、親の良質な形質を保有しながら花色、花形、花弁の数などを変化させることが可能であることから、今後は他の花色変異などについても「ビタルイオン」シリーズとして商品化を進める他、カーネーション以外の花でも応用を進める方針だ。 |