[原子力産業新聞] 2003年1月7日 第2167号 <9面> |
[日本原子力学会] 原子力技術の他産業での利用日本原子力学会関東・甲信越支部(山脇道夫支部長)は、「原子力技術の他分野への拡大」と題して若手研究者研究発表討論会を東京大学で開催した。これは、今後の活躍が期待される学生会員・若手研究者の研究活動を支援する目的で、発表に対して経験豊富な方々がアドバイスやコメントするために開かれたもの。討論会には学生会員や若手研究者から十一件の応募があり、四件が研究奨励賞を受けた。今号では発表より、「ダイバータ透過膜の水素精製膜への応用(富永真哉氏)」、「PSA安全評価の一般産業への展開(高田洋祐氏)」、「加速器によるホウ素中性子捕捉療法(田原義壽氏)」の三件の発表概要を紹介する。 水素超透過とは超透過現象とは、ある種の金属膜が水素の透過率(入射した水素原子に対する透過した水素の割合)として0.1〜1と非常に高い値を示すという現象のことを指す。すなわち水素原子はほとんどが金属膜を通り抜けてしまうわけで、金属膜が水素に対してのみ「穴のあいた壁」のように振舞う現象である。 この超透過現象が起きる原因として金属膜表面の不純物層によるポテンシャル障壁の存在があげられる。つまり、金属膜上に不純物層が存在するとき、水素が入ってきた上流側の障壁が不純物層の存在によって下流側の障壁よりも高ければ、ほとんどの水素が下流側から出て行くことになり、結果として非常に高い透過率となる。原理的には超透過現象はあらゆる金属で起こる。 現在この超透過現象を核融合の分野をはじめさまざまな分野で活用するための研究が進められている。 核融合分野における超透過現象の利用核融合炉において、水素同位体の排気および精製はトリチウムインベントリーの管理および水素リサイクリングの観点から重要であり、超透過膜を用いようという研究がなされている。 超透過膜ポンプを用いる方法では、クライオポンプのような冷却部分を用いないことからメンテナンスが容易である、直接ポンプで排気する方法に比べてトリチウムインベントリーの観点から安全である、といった長所がある。 超透過膜の水素精製膜等への応用超透過膜を核融合分野以外で水素精製等に利用しようとする研究が進められている。水素分子+不純物分子の形で上流側に導入、高温フィラメントを用いて原子化し、水素原子のみを透過することによって水素精製を行うというものである。このようにして精製された純水素は水素燃料などとして利用する。 水素精製膜の適用例としては半導体製造、燃料電池、水素燃料等が考えられる。 水素燃料の製造方法として考えられている方法の一つに天然ガスの改質がある。生成した水素と、原料である天然ガスや水、酸素、さらには副生成物の一酸化炭素・二酸化炭素を分離する目的について、「水素のみを高効率で透過し、不純物をまったく通さない」超透過膜は適切な手法であると考えられる。 産業でのPSA利用原子力産業界では確率論的安全評価(PSA)をプラントの総合的な安全性を評価する有効な手段として用いている。PSAでは、起こり得る事象・その事象の発生頻度及び結果の重大性を評価する。その結果はプラントの総合的な安全性の指標を与えてくれると同時に、設計・製作・運転・事故時対応等についての弱点・改良方策・種々の意思決定の為の優先度等に関する深い洞察を与える。PSAは、目的に応じて様々な範囲への評価が可能であるため、原子力発電所のみならず一般産業界においても適用することができる。 PSAを適用した具体的な例として、東京ガスの液化天然ガス(LNG)基地に対する信頼性評価、及び東海旅客鉄道の超電導磁気浮上式鉄道での安全性評価を紹介する。両例ともPSAの手法を適用することでこれまで定性的にしか把握できなかったシステム全体の信頼性を、定量的に把握することが可能となった。 LNG基地信頼性など評価都市ガスは、重要なエネルギー源の一つとして、適正な価格で供給を安定に行わなければならない。そのため、LNG設備の構成・運転・保全計画は、エネルギー供給に関する信頼性(損失コストの低減)と経済性(製造コストの低減)という相反する要因を考慮して決定する必要がある。この意思決定を支援するために、設備の信頼性を定量的かつ客観的に評価するシステムとしてフォールトツリー(FT)解析手法を適用し、LNG受入基地全体としての信頼性評価手法の開発を行った。 この手法の最大の特徴は、FT作成を自動化したことである。FTの自動化により、人手では専門家が数週間から数か月を要していた膨大なFT図を数分から数時間で自動作成することが可能になった。 本手法により、新工場の設計・建設に関してはコストと信頼性の関係を分析し、工場建設の大幅なコストダウンに寄与する情報を提供できる。既設工場の操業に関する解析では、年間ガス送出パターン及び定期点検スケジュールを考慮した信頼性解析を行い、工場全体としての信頼性は月毎に変動するものの年間を通して非常に高いレベルにあるという結果が得られた。また、この結果は工場施設管理の合理化施策の指針として有効である。 浮上式鉄道での適用例磁気浮上式鉄道では、安全性を開発段階から重視し、設計基準適合性評価と事故事象評価(起きてはならない事故事象を仮定し、事故防止に関し十分な設計がされているかの評価)の二つの評価を組み合わせた安全評価手法を開発している。これらのうち事故事象評価は、システム全体の大きな事故に至る確率で安全性を論じる考え方であり、PSAの手法を活用している。この手法では、事故事象に至るプロセスを分析するシナリオツリー解析、シナリオ毎の危険要因の検知及び防護機能を識別するイベントツリー解析と、それら安全機能の不正動作の要因を論理的に分析するフォールトツリー解析の各手法を組み合わせて解析を行う。この解析結果に基づき、事故事象に至る可能性を評価し、その結果ならびに新たに必要となる対策をハザードレポートとしてまとめる。この手法では、@事故に至るプロセスを解析する過程で、安全上重要な機器等の識別ができ、設計や保全上のチェックポイントを明確にすることができる、A作業員が行うべき安全上の取扱いが明確になるため、運用マニュアルに反映できる−などの特徴があるとしている。 加速器利用「BNCT」ほう素中性子捕捉療法(BNCT)に利用できる既存の研究用原子炉が老朽化するなか、高齢化社会を向えて市内の病院に隣接した加速器を用いたBNCTのための先進医療施設が望まれている。ここでは脳腫瘍のためのBNCTの必要性と核・熱的観点からの研究の現状および今後の方向性を述べる。 BNCTとはBNCTとは、ほう素化合物が癌細胞に集まることを利用した治療法であり核反応により高エネルギーを有するα粒子とリチウム粒子が生じるが、α粒子の飛程が約十ミクロン、リチウムの飛程が約五ミクロンであり、脳腫瘍細胞一個分約十ミクロンに相当していることから癌細胞のみを破壊し、治療できる。この反応は原子炉でよく知られた反応であり、医療への応用が可能である。 加速器BNCTの現状加速器を用いて一〜二時間の治療時間を達成することが一つの目標である。三菱では二・五MeVの陽子による反応を用いて発生した高速中性子を減速材によりBNCTに適した中性子を発生する構想だが、このためには二十五ミリアンペアという大電流を発生し得る加速器が必要である。加速器を用いたBNCTを実現するためには、この加速器の検討と、中性子発生方法の両面から検討する必要がある。 現在BNCT医療施設を志向して活動しているグループは三グループあり、京都大学の古林氏を中心とした「BNCT用加速器システム検討会」は、小型加速器を開発しBNCT施設の実現を目指している。東北大学はサイクロトロンを用いてBNCTに適した中性子源の実現を目指し研究が進められている。一時間以内の照射時間で所要の照射量が得られることが確認された。また、ターゲットの構造・冷却方式についても検討がなされており、傾斜をつけると共に、発熱密度が急激に大きくなるブラッグピークを直接冷却水にダンプする方式が提案された。この他、武蔵工大で六MeVの陽子を用いた、強度・線質に優れた熱外中性子ビームが得られたと報告されている。 今後の活動の方向性大電流小型加速器を作ることは現状の電流レベルから容易でないと考えられ、加速器と中性子発生装置を分離して検討を進める。特に中性子発生装置については、ある程度一般的な核的特性が抽出できると考えられるので、ターゲットの形状、材質、冷却方式および減速材とその構造について検討を進める。 |