[原子力産業新聞] 2003年3月27日 第2179号 <6面>

[レポート] 米国の「宣戦布告」と今後の国際石油情勢

(財)エネルギー経済研究所 エネルギー動向分析室長 小山堅

 米・英は20日、イラクへの攻撃を開始した。多数の原子力発電所が停止、火力のフル活用により電力需要を賄っている現在のわが国においては、原油価格の高騰に繋がる可能性の高い今回の戦争が、多くの分野に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されている。今号では開戦直前の19日、日本エネルギー経済研究所より発表された、戦争と石油価格予測についての緊急レポートを紹介する。

 2003年3月17日午後3時(米国東部標準時間)、米国ブッシュ大統領は全米に向けた演説を行い、イラクのサダム・フセイン大統領等に対して48時間以内での亡命・国外退去を要求、従わない場合には武力行使をする旨、最終通告した。現時点では、フセイン大統領が自ら亡命する可能性は極めて低いため、この事実上の宣戦布告によって対イラク戦争は不可避となった。この状況下、以下では、最新の国際石油需給動向を踏まえ、開戦後の国際石油情勢及び原油価格動向を展望する。

1.最近の原油価格動向とその背景

●2002年12月以降、国際市場における原油価格は一段の高騰を見せた。指標原油米国産WTIの先物価格は12月初の27ドル台から2003年3月初の37ドル台まで一気に10ドル上昇した(図1)。

●この背景には、@米国湾岸地域への主力供給者であるベネズエラの石油生産が12月以来のゼネストの影響でスト前の生産水準(約260万B/D)から一時は100万B/Dを大きく割り込むところまで減少したこと、A北半球全体(特に米国北東部)における例年以上の寒波等の影響で、米国の石油在庫水準が危険水域にまで低下し(図2)、供給逼迫感が強まったことがある。

●加えて、ベネズエラからの供給不足を補うため、12月以来サウジアラビア等の主力OPEC産油国が大幅増産を実施したが、結果としてその増産のために、現時点でのOPEC増産余力が縮小、イラク攻撃に伴う供給損失分(イラクからの石油輸出停止等)をカバーしきれないのではないかという観測が市場関係者に広まったことが影響した。

●その意味で、直近までの価格高騰はいわゆる「戦争プレミアム」による上乗せ分に加えて、実際に国際石油需給が逼迫したことによってもたらされたという側面がある。今後の需給バランス、原油価格動向を考える上でも上記のポイントは重要である。

2.今後の原油価格展望

●対イラク戦争開始がほぼ不可避となった現在、今後の原油価格の先行きは対イラク戦争の展開状況に再び大きく依存することになる。対イラク戦争の展開に関しては、当研究所が2002年10月に発表した三つのシナリオ(イラク安定化シナリオ、イラク泥沼化シナリオ、中東紛争拡大シナリオ)が現在でも参照基準として有効であると考えられるため、以下の分析ではその三シナリオをベースに原油価格を展望する。

●なお、今後の展望にあたっての前提条件として留意すべき点は以下の通りである。

@米国の石油在庫は現在でも極めて低い水準にとどまっている。

Aベネズエラの原油生産は、スト直後の状況から改善、政府側発表では約200万B/Dまで既に回復している。

BOPECの余剰生産能力は、ベネズエラからの供給不足を補うための増産によって縮小、2003年2月の生産実績をベースに計算すると、イラク、ベネズエラを除く九カ国の生産余力は約170万B/D程度となる(表1)。なお、3月以降も特にサウジアラビアがさらに増産していると考えられるため、直近時点での生産余力はさらに小さく、場合によっては100万B/D前後になっている可能性がある。ただし、サウジアラビアの原油生産能力は90日以内に100万B/D追加可能であると考えられており、現在既に能力拡張に向けた準備が進められつつある可能性がある。

C非OPECの石油生産は石油高価格のもと着実に増加しつつあり、需要面では冬場が終了することで不需要期に入りつつある。IEAの見通しでは、世界の石油需要は2003年第1四半期(1Q)の7820万B/Dから二Qには7660万B/Dへと160万B/D減少する。

Dイラク攻撃が開始されるとイラクからの石油輸出(約170万B/D)は停止する。またクウェートの北部油田も安全確保のため一部生産が停止し、国際市場への供給量が減少する可能性がある。こうした国際市場への供給減少分とOPECの現時点での余剰生産能力を比較すると前者のほうが大きく、計算上は供給不足となる。

Eそのため、IEA加盟国による石油備蓄放出等を通じた市場安定化策の適切かつタイムリーな実施が極めて重要である。これは以下のどのシナリオにおいても共通したポイントとなる。

●以上を前提として、今後の原油価格を3つのシナリオに即して概説する。

イラク安定化シナリオ(確率60〜70%)

◎イラク攻撃が開始されるが、短期間かつ圧倒的な米軍勝利となり、極めて早期でのフセイン体制排除に成功する。

◎戦争開始直後には一時的な混乱はあるものの、米国主導で新しいイラク暫定統治体制が確立し、安定化していくとの見方が広まる。

◎石油市場においては、混乱は最小化され、戦争開始直後にごく短期的に原油価格が上昇、再び40ドル前後を記録するが、戦争短期終結(の見通し)とともに、急速に価格は低下していく。

◎戦争プレミアムが剥落することに加え、ファンダメンタルスの面からも不需要期における潜在的供給過剰の懸念から原油価格は下落し、WTI原油価格は2003年第2四半期(2Q)平均は25〜30ドル程度、年後半は平均で23ドル前後まで低下していく。

イラク泥沼化シナリオ(確率30〜40%程度)

◎イラク軍の抵抗等もあって軍事作戦の展開は安定化シナリオほど短期・圧倒的な戦争終結という形をとらない。その間、対峙する双方に死傷者・被害が拡大する。

◎軍事力における大きな較差から最終的には米国側の勝利となるが、フセイン政権の早期排除とその後の安定的な統治体制確立に関して、不安感・不確実感が広がる。

◎安定的な国内体制樹立が容易に進まない中、不安定化の影響が周辺国にも波及していく。

◎原油価格は、戦争開始後から急上昇し、終結までに時間がかかる(との見通し)と共に上値を狙う展開となる。WTI原油価格は40ドルを突破、40ドル台半ばを中心として、事態の推移と共に乱高下する。終結(の見通し確保)まで、高値推移は持続し、その後も体制安定化に関する不確実性が伴うため、原油価格も安定化は困難。

◎戦争終結と共に需給ファンダメンタルスが主要ドライバーとなり、その下で2003年後半にかけて緩やかに原油価格は低下していくが、WTI原油価格の平均値は2Qで30〜35ドル前後にとどまり、ようやく4Qで25ドル前後まで低下していく推移となる。なお、特に前半期間は激しい乱高下を伴う価格推移となる。

◎なお、戦争開始直後にフセイン大統領がイラクの油田破壊を試みる可能性がある。その結果、損傷が発生し、しかも影響がある程度長期化するとの見通しが広まる場合、原油価格の変動水準がさらに3〜5ドル前後上昇する可能性がある。

中東紛争拡大シナリオ(確率極めて小)

◎開戦直後、イラクがイスラエルをミサイル攻撃、イスラエルの反撃によって戦火が一気に拡大する。死傷者・被害の拡大と共に反イスラエル・反米感情が中東で燃え上がり、穏健派の湾岸産油国の政情も不安定化する。この状況下で中東産油国の現政権が生き残り戦略として反米的な姿勢をとることを余儀なくされ、その象徴として石油を「政治的武器」として使用するオプションがとられる。

◎その結果、国際石油市場は大混乱に陥る。原油価格は大幅に高騰し、2Q平均値ベースでも40ドル台を上回り、瞬間風速としては50ドル突破もありうる。石油市場の混乱収束に時間がかかり、2003年後半でも30ドル中盤前後の価格推移となる。

以上


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