[原子力産業新聞] 2003年5月8日 第2184号 <4面>

[日本学術会議] 原子力学の再構築にむけて

 既報の通り、日本学術会議はこのほど、「人類社会に調和した原子力学の再構築」と題する報告書をとりまとめて公表した。原子力の社会との乖離などに危機感を示した上で、工学の枠組みを超え、人文社会科学を含む広い分野の人々と連携や協力を図ることや、核燃料サイクル研究の進め方、若手研究者の養成など人材面などの広範な課題を指摘している。今号で同報告の概要を紹介する。


五つの提言まとめる 工学の枠をこえて広い分野での連携を

◇報告書の要旨から

 報告書は、冒頭の要旨のなかで、作成の背景、および現状と課題について以下のように述べ、左表の通り五つの提言を示した。

○作成の背景

 20世紀後半、わが国において、原子力平和利用に係る研究・開発は進展し、原子力発電および研究用原子炉、加速器、放射性同位元素などの利用は、医療、産業など広範囲にわたって国民生活を支えるに至った。しかしながら21世紀初頭にあたり、改めて原子力平和利用の現状を見ると、安全面における科学技術上の問題だけでなく、原子力に携わる技術者の行動、社会との関わり等における問題が数多く生じ、国民の不安感や不信感が著しく増すなど、憂慮すべき状況にあり、早急に検討のうえ、それらの解決が求められている。

 このような背景のもとで、従来の原子力学からパラダイム転換を図り、人類社会に調和した原子力学として再構築し、それに沿った学術としての進め方と教育のあり方を中心に今後の方策を探求した。

○現状と問題点

 今日原子力の社会との乖離が増すとともに、原子力の利用のみならず研究や開発は沈滞し、それに加えて原子力を志望する学生数も減少し、原子力学の研究ならびに教育と人材養成は危機に瀕している。原子力学は本来ミクロの世界の物理学の応用に源を発し、幅広い可能性を有することに加え、社会とのかかわりが深いにもかかわらず、原子力学の一部分に偏るなど、研究面でも自ら枠をはめ、社会との連携も不十分であった。さらに大学、国公立研究機関および民間の協力体制が十分機能せず、原子力の研究、開発と利用の展開があまり効率的でなかった。

教育と人材養成の課題から 大学横断型コースを 原子力工学研究の在り方

 報告書は、大学や産業界等での人材養成に関して、現状を述べたうえで今後の課題を示している。以下に抜粋してその内容を紹介する。

◇原子力教育への懸念

 ・日本の原子力開発がスタートした時点で、全国の主要な大学に原子核工学または原子力工学の学科(学部)あるいは専攻(大学院)が設置されて教育と研究が始まり、社会に人材を供給した。そのなかから、原子力の研究者、産業技術者、行政官などが育ち、原子力の発展を支えてきた。一方で、最近の大学設置基準の大綱化に伴い、学科と専攻の改組や名称の変更が相次ぎ、大学は原子力から撤退しているとの印象が持たれている。

 ・人材の需要側と供給側において、需給のアンバランスや質のミスマッチが生じ、また大学や企業側における教育について幾つかの問題点が生じている。

 ◇大学における原子力学教育の現状と今後

 ・1991年の大学審議会答申に基づき、各大学で学部および大学院の改革が実行された。学部では、専門科目に替わって工学基礎科目が重視され、専門科目の一部を大学院に移す方向で改革がなされた。

 ・この改革において、狭義の原子力は成熟したとの認識に立って原子力の領域拡大が図られた。「エネルギー」、「環境」、「システム」および「安全」などに関連した領域を取り入れ、学科・専攻名称およびカリキュラムの変更を行った大学も多い。

 ・今後の改革にあたっては、学部教育における基礎科目の重視だけでなく、現場の知恵や経験を含めた実用技術などに触れる機会を増やす配慮、および自らの専門性を説明できる能力を養うような指導が重要である。

 ・また、シーズ型研究および新領域の研究を追求する一方で、原子核エネルギー利用に関する専門家集団としての先導的役割を果たし、堅固な基礎知識と優れた独創性、課題発見や解決能力を備えた原子力技術者および研究者を供給する必要がある。

 ・原子力学の新たな展開は、原子力エネルギー利用技術の継続的発展を担保しつつ、学問の自律的な発展を保証するものでなければならない。

 ◇研究開発機関における原子力の人材養成

 ・日本原子力研究所と核燃料サイクル開発機構が統合してできる新法人は、連携大学院制度などをより一層活用するなかで、人材育成面において大学との連携・協力を一層強化し、貢献することが期待されている。今後は、大学との連携の在り方も含め、より効率的な効果ある人材養成の方策を具体的に構築する必要がある。

 ◇産業界における原子力の人材養成

 ・日本原子力産業会議の「人材問題小委員会」は、「原子力発電所等原子力施設の保修等の人材育成策」および「産業界、研究機関、大学等における将来の人材確保策」について検討を進めている。

 ・「原子力発電所等原子力施設の保修等の人材育成策」に関する量的問題点としては、@保修に係る人数が原子力施設の規模に比べて多すぎ、実質の作業時間が少ない、A省力化、人材の有効活用を促進するような仕組みになっていない、などが挙げられている。また、質的問題として、@教育成果が蓄積しづらい、A共通の資格制度がない、B電力、メーカー、工事会社などの各セクターが持つべき原子力特有機器の保修技術を明確化し、これらの技術の維持・向上・継承が求められている、C技術力を持つ地元工事会社が育ち難い、などが指摘されている。

 ・これらの主要課題に対する対策案として、多能工化や管理の重層化排除による人数削減、状態監視保全方式やオンラインメンテナンスなどによる定期検査時の工事量削減、工事方法の合理化や省力化を促進する仕組みなど、「量の削減策」が検討されている。また、「質の維持・向上策」として、コア技術の維持・向上、豊富な経験やノウハウを有するベテラン技術者から若年層への技術伝承、資格認定制度等を通じた技術の専門化、多機能化も検討されている。

 ・原子力の開発、利用を今後とも推進して行くためには、「人材育成策」と併せて、レベルの高い原子力技術者や、技能者、作業者を安定的に確保していくための「人材確保策」が求められる。この課題については、大学等の教育機関、研究機関、電力・メーカー・工事会社を含む産業界等との幅広い連携を視野に入れて検討がなされている。

 ◇原子力学教育と原子力の人材養成の再構築

 ・原子力教育の社会への責任と、原子力教育が目指す人間像を考える場合、まず「何のための原子力開発か」ということについての認識と使命感の確認が重要である。

 ・原子力に携わる人材には、原子力の安全とは何かを理解し、実行するために、放射線、原子核反応、原子炉工学などについての基本的かつ実践的な知識を修得することが求められている。

 ・産業界が求める人間像は、@原子力の知識を身に付けていること、ハードに強く、現場感覚を持っていること、B社会性や倫理観を持っていること、Cリーダーシップを発揮し、現状を改革して行く力があることにまとめられる。しかしながら、需要が年40〜50名と少ない状況が続くようであれば、まず狭義の原子力産業を維持・発展して行くために必要な人材の質と数を明確にした上で、全日本レベルの、たとえば「大学横断型原子力工学コース」を考える必要がある。

 ◇教育訓練用実験施設・設備の必要性

 ・大学の原子力研究の場として大学に設置の試験研究炉は大きな役割を果たしてきた。また、試験研究炉や臨界実験装置は、原子力教育における実地体験の重要性に鑑みると、他では代替できない、ぜひとも必要な施設である。さらに、社会における原子力の正しい理解のために、次世代の教育に当たる教員や、原子力に接する機会の乏しい人々に、実際の原子炉に触れる機会を提供することも重要である。

 ・大学の研究用原子炉は危機的状態にあり、原子力学の学術の健全な進展と人材の育成に大きな影を落としている。学術のみでは解決できない問題であり、国のレベルにおいて早急に解決すべき重要な課題である。

 ◇原子力学教育と原子力の人材養成による国際貢献(略)

 ◇初等中学教育および一般教育における原子力学の意義と重要性

 ・原子力の社会的受容性が低い要因として科学技術に対するメディアを含めて人々の理解が不足がちであるとの指摘がある。とくにわが国においては理科教育において、理解度の国際比較は最上位に位置するが、好き嫌いの程度はきわめて低いレベルにあり、諸外国における、成績と好き嫌いとの高い相関とはきわめて異質な状況にある。

 ・この状況に加えて、初等・中等教育における原子力・放射線関係の一面的な記述が、日常的理解を超えた科学技術である原子力への無関心を引き起こしていると考えられる。

 ・放射線・量子ビームを活用した技術の展開が一般社会で多角的に展開されているが、原子力との結びつきについての認識がほとんど無いのが実情である。この面も広報活動を通じて積極的に情報を発信する必要がある。学術としての原子力学が果たすべき責務は大きい。


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