[原子力産業新聞] 2004年4月22日 第2232号 <4面>

[原研と高エネ加速器研究機構] JーPARC建設佳境

 日本原子力研究所と高エネルギー加速器研究機構の共同プロジェクトである大強度陽子加速器施設(J−PARC)の建設が佳境に入ってきた。建屋の建設は今年度がピーク。原研・東海研究所の建設現場でJ−PARCの姿を想像できる段階になった。完成後は生命科学、物質科学、原子核素粒子研究など世界の最先端科学をリードする。建設開始から4年目を迎えたJ−PARCの現況と概要などを紹介する。(高橋毅記者)


 J−PARCは、大強度陽子ビームを作り出すリニアック、シンクロトロンなどの加速器と、各種ビームを利用する物質・生命科学、原子核素粒子、ニュートリノ、核変換など4つの実験施設で構成される。第2期計画である核変換実験施設関連を除き、第1期計画の費用は1515億円。当初、ニュートリノ実験施設は第2期を予定していたが、昨年11月の学術審議会を経て、第1期分に変更された。

 現時点で07年度にビーム試験、08年度から供用開始を予定する。これは当初計画に対し1年近く遅れるスケジュール。早期稼働に向けた最大の壁は予算の確保。さらに最近の鋼材を始めとする原材料価格上昇の影響も受けており、厳しい予算のなかで、早期稼働に向けた関係者の努力が続く。「中性子ビーム利用に対する産業界、研究機関などからの要望は強い。米国SNS計画は06年完成の予定で進んでおり、J−PARCがこれ以上遅れると、研究者の多くがSNSを向いてしまう懸念がある」(鈴木國弘・原研大強度陽子加速器施設開発センター計画グループリーダー)という。

リニアック   

 リニアックの全長は300mで、負水素イオンを発生させて400MeVまで加速する。負水素イオン源は核融合炉の加熱装置として使用するイオン源をベースに開発。最大ビーム電流72mAと世界最高の性能で、収束性にも優れる。イオン源から引き出されたビームは高周波4重極、ドリフトチューブ、セパレートドリフトチューブ、アニューラリング結合構造などの加速空洞を順次通過、400MeVのビームになり、3GeVシンクロトロンと超伝導リニアックへと半分に分かれる。超伝導リニアックに入ったビームは600MeVに加速され、核変換実験施設に入る。この超伝導リニアックと核変換実験施設が第2期計画。

 リニアックの建屋は今年度末に完成予定で、リニアックを収納する地下トンネルの工事はほぼ完了した。装置の開発、製作も進み、昨年11月にはドリフトチューブでイオンビーム30mAを19・7MeVまで加速した。すでに主要機器に関する契約を完了、機器全体でも85%の契約を終えた。06年度半ばには装置製作も完了し、ビーム試験の予定だ。

3GeVシンクロトロン

 3GeVシンクロトロンは周長約350m、ビームを絞る4重極磁石60台とビームを曲げる偏向磁石24台を設け、加速電流333μA、ビーム出力1MWと世界最高強度。

 シンクロトロンに入った負水素イオンビームは、すでに周回している正イオン(陽子)ビームと合流する。この時、入射ビームが負イオンであるため、正イオンの周回ビームと磁石で曲げられる方向が逆になり、同一軌道への合流が可能になる。入射ビームは合流直後に荷電変換用炭素薄膜により、2つの電子を剥ぎ取られ陽子ビームに変わる。20ミリ秒で1万5000回程度周回し、3GeVまで加速。このうちの95%が物質・生命科学実験施設に、残り5%が50GeVシンクロトロンに入射される。

 3GeVシンクロトロンにも様々な新技術を導入する。高透磁率磁性合金の装荷で格段に高い電圧勾配とし高加速を可能にした高周波加速空洞、4極電磁石用セラミック製真空ダクトなど。同ダクトは磁場によって発生する渦電流効果を避けるためにセラミック製だが、大電流ビームにより誘起される電磁波を外部に漏らさないように外表面をストリップライン状の銅電鋳で覆う。セラミック上への銅電鋳技術が鍵という。

 すでに加速器収納部のトンネル工事は完了、建設中の地上建屋も今年度中に完成の予定。各種電磁石やセラミックダクト等主要部品の契約は完了、装置全体でも80%の契約を終えた。

50GeVシンクロトロン

 50GeVシンクロトロンは1周約1500mで、4重極磁石216台と偏向磁石96台を並べる。3GeVシンクロトロンからのビームは連続して4回、50GeVシンクロトロンに入射、その後約2秒で32万回周回する間に5GeVまで加速される。この時、陽子速度は光速の99.98%に達する。平均電流は15μAだが、ビーム出力は0.75MW。原子核素粒子実験施設とニュートリノ実験施設に送られる。

 建屋は06年度の前半に完成の予定で、電磁石、真空システム、電源など主要ユニットの契約はほぼ終了し、全体でも約60%の契約を完了した。

物質・生命科学実験施設

 物質・生命科学実験施設は中性子とミュオンビームを利用し、様々な実験を行う。J−PARC計画の中心的な施設とも言える。施設内は陽子ビーム入射系、ミュオン科学実験装置、中性子源、中性子ビームライン実験装置群の4つの領域から成る。

 3GeVの陽子ビームはミュオンターゲットを通過した後、中性子源の中心に設置された水銀ターゲットに入射、核破砕反応を起こし、多量の中性子を発生させる。中性子ビームラインは合計23本設置の予定。実験内容により減速材の種類、取出し角度、取出し面積などを決定する。

 中性子ビームはX線や放射光では観測が困難な軽い元素、特に水素原子や水分子の観測に大きな力を発揮する。このため、こうした元素で構成されるタンパク質の働きを原子、分子レベルで検証し、各種難病の治療薬の開発あるいは各種新素材の開発などが期待される。π中間子崩壊によるミュオンを利用するミュオン科学も磁性研究から核融合まで幅広い。

 施設は長さ130×幅70×高さ19m。昨年度から本格的な工事が開始され、06年度末には建屋が完成、同年度央ばには装置の設置も完了し、ビーム実験に入る予定。

原子核素粒子実験施設

 原子核素粒子実験施設は50GeVシンクロトロンによる高速の陽子ビームを標的に当て、発生するK中間子やπ中間子などの2次粒子ビームあるいは陽子ビーム自体を利用して様々な実験を行う。例えば、物質の重さの謎。陽子は3つのクオークで構成されるが、単体のクオーク3個の重量に比べ、陽子の重量は100倍重い。この差が生まれる理由を解き明かそう、という訳だ。同実験施設では02年に世界中から様々な実験提案の公募を行ったが、30件、約500名の研究者から応募があった。現在、提案を審査するとともに、新たな提案も随時受け付けている。

ニュートリノ実験施設

 ニュートリノはπ中間子の崩壊によりミュオンとともに発生する。ニュートリノ実験施設ではニュートリノビームを生成し、東海村から295km離れたスーパーカミオカンデに向けて発射する。これでスーパーカミオカンデにおけるニュートリノ観測環境を飛躍的に向上させ、ニュートリノに質量はあるのかを測定、さらには宇宙はこのまま膨張するのか、あるいは収縮に向かうのか、という疑問に挑む。ビームは09年度から発射の予定。

核変換実験施設

 核変換実験施設は第2期だが、長寿命核種に中性子を照射して短寿命核種に変換する技術の開発を行う。10W程度の陽子ビームと核燃料を使用した最高出力500Wの核変換物理実験施設および、200kW陽子ビームと鉛・ビスマス核破砕ターゲットにより材料照射研究とターゲット開発を行う加速器駆動未臨界システム(ADS)ターゲット試験施設の2施設を設ける予定。


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