[原子力産業新聞] 2004年6月17日 第2239号 <3面>

[寄稿] −TMI事故から25年− 得られた教訓はどう生かされているか

ウィリアム・ビーチャー氏

コロンビア大学院卒。ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズなどで記者。1983年に国内報道部門でピューリツァー賞受賞。1993〜2003年まで米原子力規制委員会(NRC)広報部長。現在はディレンシュナイダー・グループ代表。

 25年前、米国のスリーマイル・アイランド原子力発電所2号機で事故が発生したが、この事故は米国市民や政府のみならず、米国の原子力業界自身にとっても、原子力発電の安全性に対する信頼を揺るがすものだった。

 TMIでは部分的炉心溶融による死傷者はなかったが、発電所の状態が安定するまでの間、水素爆発の可能性や、大量の放射能が周辺地域に放出される可能性、大規模な避難活動が必要になる可能性など懸念された。実際には、このような事態は起こらなかったが、事故発生後には、混乱した発言や間違った発言、噂などが飛び交った。

 後になってわかったことだが、もし原子炉制御室にいた運転員が、システムに内蔵されている安全機器を設計機能どおりに作動させていれば、状況はもっと早く沈静化し、部分的炉心溶融に到ることもなかった。ところが、制御室の運転員たちは、この複雑な難題に対処するのに必要な訓練を受けていなかったため、誤った措置をとり、その結果、問題の悪化を招いた。

 TMIの結果を受けて、米国は多くの是正措置を実施し、運転員の訓練内容の向上、安全性警告機器の強化、緊急時計画と訓練の義務化、原子力規制委員会(NRC)による監視の強化、安全文化強化の必要性の確認、一般市民とのコミュニケーションの精度とスピードの向上などを目指した。

 今日、米国の原子力発電は当時よりもずいぶん安全になっており、市民からもかなり高く信頼されている。

 私は、「もんじゅ」や東海村、いくつかの東京電力の原子力発電所で起こった事象が、TMIで起こりえた問題と同様に危険だったと述べるつもりはない。しかし、このような事象が、実際に起こったこと、伝えられたこと、あるいは伝えられなかったことを含めて、原子力発電所の安全な運転に対する国民の信頼を揺らがせたことは確かだと思われる。日本が増大する電力需要に応えるために、原子力発電を継続、拡大していこうとすれば、信頼の回復は絶対に必要であろう。

 現在の状況を是正するために日本がどういった対策を取るべきかを、論じるつもりはない。両国の歴史や文化は異なるのである。しかし、米国で有用であったいくつかの対策について、簡単に述べることはできるだろう。

 何よりも重要なことは、一般市民にとっての規制当局とは、独立した組織であり、高度な専門性を有し、精力的に安全性を監視し、国民の健康および安全を最優先し、調査でわかったことやそれに対する措置については、誠実かつ迅速に情報公開を行なう組織だと信じられていることである。

 米国での経験によると、経営のトップが従業員1人1人に、スケジュールの遵守や、発電の継続、利益等より、安全を何より優先すべきだと叩きこむ必要がある。実際、保守や運転が非常にうまくいっている米国の原子力発電所の大部分は、安全面でも最も優れ、コスト面でも効率的な運転が行なわれている。

 TMIの体験から我々が学んだ最も大切なことは、産業界とNRCの双方に広がっていた過信と自己満足が、この事故の不幸な前兆であったという点である。もし、もっと懐疑的な姿勢や、過ちを犯すとしても重大なものにしないという心構え、多くの発電所に当てはまると考えられる問題については、その詳細すべてを産業界全体に伝えようという心構えがあったならば、TMI事故は、ごく小規模な事象に留まっていたかもしれない。

 さらに、2点を指摘しておきたい。

 TMIの体験から、米国の原子力産業界は、経営管理に問題があるのは、TMIだけではないことに気づいた。そこで、発電所サイトでの定期的評価を実施し、その上で経営トップに、改善点や他の発電所でのより良い実践例を提言することを目的に、原子力発電運転協会(INPO)を設立した。

 またNRCは、原子力発電所の作業員に対し、現場で運転安全性に影響を及ぼすと考えられる問題に気づいた場合は、その問題の解決を行なう立場にある経営管理者に報告するよう奨励した。しかし、もし経営管理者が問題解決を拒否した場合、あるいは懸念の声を上げることに対して報復の恐れがある場合は、内密にNRCに直接報告することが奨励されている。その場合、NRCが問題の評価を行い、必要な場合は対処措置をとることになる。


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