[原子力産業新聞] 2004年12月16日 第2264号 <6面>

[レポート] 「水化学国際会議」に参加して 石榑顕吉・埼玉工業大学教授

日本原子力産業会議は、今年10月11日〜14日に米国サンフランシスコで開かれた「原子炉水化学国際会議」(=写真)へ、参加調査団(団長=乙葉啓一・原電顧問)を派遣した。今号では、同調査団に顧問として参加した石榑顕吉・埼玉工業大学教授に、会議の模様や興味をひいたトピックスなど執筆頂いた。

はじめに

米国電力研究所(EPRI)主催による「原子炉系の水化学」に関する国際会議、引き続き15日には「LWR冷却水の放射線分解と電気化学」に関する第5回国際ワークショップが開催された。原産がこの機会に派遣した調査団に筆者も参加、これらの会議に参加するとともに、米国内の原子力発電所を訪問し調査を行った。会議での話題を中心に水化学技術の最近の動向について紹介する。

今回の会議は、これまで英国、フランス、日本において開催されてきた水化学国際会議の一環として、当初英国で開催される予定であった。しかし、これが諸般の事情により困難になったため、急遽サンフランシスコで開催されたもので、米国で開催される最初の水化学国際会議であった。

本会議への参加者は、主催者の発表によれば26か国より270名(参加者リストでは200名)であり、国別で見ると、参加者リスト数で、日本が20名と米国に次いで多く、続いてフランス19名、カナダ18名であった。

発表論文数は全体で132件、このうち65件が8セッションで口頭発表され、残りがポスター発表となった。国別では、米国から26編、次いでフランス25編、ロシア15編、日本12編、スウェーデン12編となっており、フランスとロシアからの発表が多い点が目を引いた。

技術的に見ると、今回も2年前の会議と同じように、特に注目される目新しい話題は無かった。しかし、米国から多数の発表があり、米国の最近の状況を把握する良い機会となった。その中で燃料の健全性に関る論文が、8セッション中の2セッションで集中的に論じられ、これが今回の会議の大きな特徴となった。

トピック1「燃料の健全性」

水化学と燃料被覆管の相互作用は、燃料と水化学の両分野の境界領域を形成する重要な問題とされながら、従来水化学国際会議では大きく取り上られなかった。今回は米国の強い関心から会議の主要な話題となった。

最近、米国のBWRでクラッド付着及び腐食に起因すると見られる燃料破損が著しく増大している事、またPWRにおいてクラッドと腐食が深く関る燃料軸方向の出力分布異常(AOA)の発生や発生への危惧が根底にあると考えられる。

米国ではプラントの出力増大運転や、運転サイクルの長期化が進められ、この厳しい条件下での運転が燃料に大きな負荷を課すことは予想されていたが、ここに来て実機での事例が現われ始めたと言うことだろう。

一方、水化学の要素技術として、例えば、BWRでは、水素注入(HWC)、貴金属注入(NMCA)、亜鉛注入などの技術が開発され、単独あるいは組み合わせて実機に適用されてきたが、その燃料健全性への影響に関する実機データの蓄積が進みつつあることも他の要因として考えられる。

ブラウンズ・フェリー2号炉(BWR)では、第12サイクル(2001年4月〜2003年3月)運転において、第2サイクル装荷燃料のうち63集合体で異常腐食のために破損した燃料棒が見つかり、第2サイクル装荷燃料のほとんど全てにおいて、クラッドの異常な付着と加速腐食が見られた。

この炉ではHWC、NMCA、亜鉛注入の全てを採用しており、破損原因解明のための調査が進められている。被覆管材料、運転負荷、水化学、各個別には目下のところ問題がなく、その重畳効果の可能性の検討が行なわれている。これらのBWR事例は燃料へのクラッド付着と腐食の相関を示唆しており、一昔前のCILC腐食を思い出させる。燃料付着物や炉水中の粒子状腐食生成物を詳細に分析し、その腐食との関係を解明しようとする研究が各国で進められており、その結果が待たれる。

PWRにおいてもクラッドの燃料表面への付着が大きな関心を集めている。従来クラッドの燃料への付着は、放射能移行の一過程として関心が持たれていたが、加えてAOAや被覆管腐食の観点で注目されている。燃料表面に付着したクラッドはサブクール沸騰のチムニーを形成し、そこへホウ素がハイドアウトしてAOAに至るとするAOAのモデルが、現象の説明に有効なことが示された。

AOAを回避する手段として、一次系のpHを高温で7.3に維持(Li濃度は最大5ppm)する運転が米国のPWRで実施された結果、クラッドの燃料付着量と配管線量率の低減が見られ、被覆管の腐食にも異常は見られなかったので、次にpH7.4(Liは最大6ppm)での運転が予定されている。

燃料の超音波洗浄による付着クラッドの除去は、AOAの回避のみでなく線量低減にも有効であるが、更に亜鉛注入や貴金属注入時の各注入量の低減につながる可能性があり、PWRばかりでなく、BWRにおいても試験が行なわれている。

トピック2 材料の健全性

材料健全性の確保も当面の最大の関心事である。米国において、その対象はPWRにおける蒸気発生器の伝熱管の一次側及び2次側のSCC、さらに一次系で広く使用われているニッケル基合金のPWSCCであり、BWRでは炉内構造物(ステンレス鋼)のSCCであることが報告された。今後更なる検討が必要であり、水化学面からの対策は、費用対効果比のすぐれた選択肢であるとされた。

米国においては、蒸気発生器伝熱管を含むニッケル基合金の一次側SCC対策として、亜鉛注入への期待が大きいが、線量低減を目的としてドイツのPWRで8年にわたって亜鉛注入が実施されたプラント・データが、最近注入を始めたプラントの結果と比較して示された。いずれの場合も、配管線量率は約1/2に低減し、この面での有効性は明確であった。フランスのPWRでも、最近亜鉛注入試験を始めたプラントがあるとの発言があった。

PWRの2次系で蒸気発生器へ持ち込まれた鉄のスラッジ化と伝熱管への付着抑制のため、分散剤としてポリアクリル酸を長期(6〜9か月)注入するための事前評価試験が実施されており、2005年に長期注入試験を米国の1プラントで行う。同様の目的でドデシルアミンを実機で使用する事前評価試験をカナダでも実施、分散剤の使用が現実の問題となってきた。

BWR炉内構造物のSCCに関連して、ステンレス鋼の電気化学的腐食電位(ECP)の炉内測定と計算による評価が、未解決の課題として残されている。

前者は、欧州国際共同研究プログラムとして、高温水系で使用が可能な参照電極について、BWRとPWR条件での炉内試験を含む比較試験が実施されている。

ECPの評価については、これまでバトラー・ボルマー式を用いる混成電位法が簡便な手法としてわが国でも利用されてきたが、この手法の問題点が次第に明らかになって来た。1つは評価に使用されるステンレス鋼のアノード分極曲線が、表面酸化被膜の有無とその特性に依存するため一義的に決定できないこと、またカソード分極曲線の計算に必要な入力パラメーターが、過酸化水素について実験的に決定することが困難なことが指摘された。

BWRのSCC対策として、水素注入は日本も含め広く採用されているが、水素の代りにメタノールを短期注入する試験がロシアやドイツで行われたという興味深い発言があった。

軽水炉と、CANDU炉やMAGNOX炉に共通する問題として、炭素鋼の流動加速腐食(FAC)に関る6編の論文発表があり、プラント高経年化により、各国でこの問題が関心事となっている。炭素鋼中に不純物として微量含まれるCrの含有量により、FAC挙動が大きく変化するとの指摘が興味を引いた。

おわりに 実機適用が待たれる日本

紙数の制限もあり、筆者の興味を引いた話題のみを取り上げた。

既に述べたように、特に注目される新技術の話題はなかったが、実機でのデータの蓄積などに着実な進展が見られた。中でもEPRIを中心に、米国がこの分野で主導的地位を確保しようとする強い意欲が感じられ、これまでには無かったこととして注目された。

ひき比べ日本は、基礎的な論文の発表は多いが、実機データの発表が少なく迫力に欠け、元気が無い印象を受けた。日本では新技術に対して、事前の評価や試験は詳細に行うが、最終的な実機適用に極めて慎重である事の結果であり、このままでは世界の中で取り残されていくのではないかと危惧を感じた。

最後に蛇足を加えれば、水化学とサンフランシスコは原産会議の水化学調査団にとっていわく付きの関係にある。1989年に英国で水化学国際会議が開催された際、原産会議は調査団を派遣した。10月19日、往路に立ち寄ったサンフランシスコで、調査団は大地震に遭遇し、大変な難儀をした。

この事を講演の冒頭で話したところ、帰国後しばらくして、フランスの友人から次のようなメールが届いた。「君の話したサンフランシスコと水化学は大地震と関係があるというのは正しかった。今度は日本(新潟)で起きた」。この場を借りて被災された方々に心よりお見舞を申し上げたい。


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