[原子力産業新聞] 2005年3月10日 第2274号 <3面> |
[【ニューヨーク7日共同】] H・ベーテ博士が死去「マンハッタン計画」で主導的役割を果たし、第2次大戦後は米国の核開発やイラク攻撃を批判した物理学者ハンス・ベーテ米コーネル大名誉教授が6日、ニューヨーク州イサカの自宅で死去した。98歳。 ドイツ出身。1933年、当時のナチス・ドイツ下で、母親がユダヤ人であることを理由に教授職を追われて米国に移住。その後、コーネル大物理学科で教壇に立った。40年代にルーズベルト大統領の指示によりニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所で始まったマンハッタン計画では、理論物理学部門の責任者となった。 同計画で製造された原爆が広島、長崎に投下されたが、被害について「予想よりもひどいものだった」と認め、戦後は米国の核開発の動きを批判。 67年には「原子核反応理論に対する貢献」でノーベル物理学賞を受賞。教壇から退いた後も、平和運動も活発に行った。 |