[原子力産業新聞] 2006年1月5日 第2313号 <11面>

[解説] 国際核管理構想を巡る動き 遠藤哲也氏

 絶え間なく挑戦を受ける核不拡散体制。現在の核不拡散条約(NPT)体制を補完するため、米国とIAEAはそれぞれ、核燃料の供給保証をインセンティブとする新規再処理・濃縮の禁止や多国間管理等を打ち出している。再処理・プルトニウム利用を軸とするわが国の原子力政策への影響は―。この問題に関するIAEA専門委員も務めた遠藤哲也・前原子力委員長代理に、最近の動きを解説して頂いた。

問題の背景

試練にさらされる核不拡散体制

 NPTを中心とする核不拡散体制は、特に東西冷戦の終えん後は各方面から深刻な挑戦を受け大きく動揺している。1つは、NPTの外部からの挑戦であり、NPTの非加盟国のイスラエル、インド、パキスタンの動きである。NPTに入っていないから核兵器を保有しても核実験を行っても条約上は不可というわけではないが、核兵器国をこれ以上増やさないという国際規範ないし国際社会の潮流に逆らっている。

 2つ目は、NPTに加盟していながら、IAEAとの保障措置協定に違反して秘密裡に核兵器の開発を企てることである。イラク、北朝鮮、リビア(リビアについては問題が解決した)、イラン(イランは核兵器開発を否定しているが、その疑いが極めて濃い)などがこれに該当する。

 第3は、いわゆる新しいタイプの挑戦とも言うべきもので、前2者の核拡散の対象が国家であるのに対し、これはテロリスト・グループのような非国家団体(non-state actors)による挑戦である。テロリスト・グループがならず者国家(rogue countries)に結びつくことが多く、テロリスト・グループの場合は自爆攻撃をいとわないので、核兵器や「汚い爆弾」(dirty bombs)を入手するとこれを実際に使用する可能性が大きい。パキスタンのA・Q・カーン博士の闇市場のネットワークはこのカテゴリーの例である。

核不拡散体制の強化策

 このような状況に対して、国際社会も手を拱いているわけではなく、種々の対抗措置をとって来ている。

(1)IAEAの保障措置の強化のための追加議定書(Additional Protocol)はその1つである。追加議定書は拡大申告と補完アクセスを軸としてIAEAの査察能力を格段に強化するもので、できる限り普遍化することが望ましい。現在、追加議定書を受諾しているのは69か国でNPT加盟国の3分の1強に過ぎず、他方受諾を勧奨するインセンティブもディスインセンティブも必ずしも十分でなく、国際社会としても普遍化に努めてはいるが思うようになっていないというのが実状である。一層の普遍化が必要である。

(2)2番目は輸出規制の強化である。1974年のインドの第1回核実験に端を発し、更に湾岸戦争の結果、明らかになったイラクの核兵器開発に照らして、輸出規制の対象が原子力専用品から汎用品にまで拡大され、フルスコープ・セーフガードを輸出の条件とするようになった原子力供給グループ(Nuclear Suppliers Group、NSGと略される)には今や45か国が参加している。このNSGを更に強化、拡大していくことが必要である。順不同で言えば、1つは参加国の拡大であり、2つには追加議定書を輸出の条件とすること、あるいはウラン濃縮、再処理の機材、技術の移転を厳しく制限すること、3つ目はこのグループは紳士協定によっているが、法的に拘束力のあるものに変えていくことなどである。

(3)第3は核物質防護の強化である。核物質防護をどのように実施するかはそれぞれの国の専管事項とされ、1980年の核物質防護条約の対象は国際輸送のみとされていたが去る2005年7月に採択された改正条約は対象範囲を拡大し、国内輸送や発電所、貯蔵所などのサイトでの貯蔵、保管などにも対象が及ぶこととなった。一歩前進である。

(4)今1つは、不拡散に関する安全保障構想(Proliferation SecurityInitiative、PSIと略される)である。この構想は米国のイニシアティブによるもので、情報収集、情報交換と臨検を組み合わせたもので、核をはじめ大量殺りく兵器の拡散に対応しようとするもので、現在15か国がコア・メンバーとして参加している。これは、国際法に基づき旗国主義の下で行われるので、かなりの制約があるが、コア・メンバーと構想への協力国が多くなればなるほど拡散阻止に役立ち、また何よりも抑止効果が期待できよう。

新しいアプローチ(国際核管理構想)

ブッシュ提案とエルバラダイ構想

 近年の核拡散の傾向に対し、以上述べたような対抗措置を積極的に講じることが必要であるが、これだけでは十分でなく、何か抜本的な対策がないかとの認識が強く抱かれるようになった。ブッシュ提案やエルバラダイ構想はそのような問題意識に答えようとするもので、核兵器開発の前駆であるウラン濃縮とプルトニウム抽出のための再処理に何らかの国際規制をかけようとするものである。両者は方法論では違っているが目標は同じである。

(1)ブッシュ提案は、2004年2月のブッシュ大統領の米国防大学での演説に端を発するもので、その後の先進国サミットの場で引続き確認されている。いくつかの点から成り立っているが濃縮、再処理の機材、技術の移転については原子力供給国グループのガイドラインを改定し、濃縮、再処理をまだ本格的に稼動させていない追加的な国への移転を止めようとするものだが、NSGの場で未だ合意が得られず、とりあえず1年間のモラトリアムを毎年延長することで対応している。

(2)エルバラダイ構想の方は、核燃料サイクルを国際管理の下に置いて(Multilateral Nuclear Approaches、MNA)、透明性を高めるとともに、相互監視を導入して1か国だけの判断で核燃料サイクルの流れを左右できないようにしようとするものである。エルバラダイIAEA事務局長は国際専門家グループを任命してMNA構想の詳細について検討を行い(筆者もその1人であった)、2005年2月に報告書が取りまとめられた。またエルバラダイ事務局長は、MNA構想の実現には相当の時間がかかることが予想されるので、とりあえず濃縮、再処理施設の新規建設に対し5〜10年間位のモラトリアムを提案している。ちなみに、この構想にはかなりの数の国が前向きの態度を示しており、エルバラダイ氏とIAEAがノーベル平和賞を授与されたことはこの構想に追い風となっているようだ。エルバラダイ氏はノーベル賞の授賞式の演説でもこの構想に言及している。

ブッシュ提案とエルバラダイ構想の歩み寄り

 ブッシュ提案とエルバラダイ構想は前述のとおり濃縮と再処理への国際規制が共通項であるから、その第一歩として核燃料供給を保証する、使用済み燃料を国際的ないし地域的に処理することが考えられる。この点で最近、米国とIAEAの歩み寄りが見られ、他方ロシアも、こちらは核燃料供給と使用済み燃料の中間貯蔵地の提供という、主として商業利益の観点からだろうが、大きな関心を示している。

 もちろん、米国とIAEAのアプローチの間には未だ相違がみられる。例えば米国は核燃料サイクルの放棄を前提として、放棄国への供給保証を与える、そのために米国は17.4トンの高濃縮ウランを放出する用意があるなどとしているのに対し、エルバラダイ構想の方はまず供給保証の枠組を確立し、これをサイクルを持たない国に対しインセンティブとするという点で異なっている。また、米国の方はステップ・バイ・ステップのアプローチをとり出来るだけ早く実現したいと考えている。

 すでに関係国政府、関係企業の間で非公式な協議が始まっているようである。例えば去る9月〜10月には米、露、仏(ユーロデイフの関連)、英、オランダ、独(ウレンコの関連)の政府関係者、オブザーバーとしてIAEAが参加する会議が開かれ、12月にも会議が開かれた由である。また民間レベルでは世界原子力協会(WNA)主催の主要濃縮ウラン供給企業の会合が9月中旬にロンドンで開かれている。ちなみにわが国はこのいずれにも「カヤの外」に置かれている。いずれにせよ、これだけの国が関心を寄せているので、この構想は実現に向って動く可能性が少なくない。

わが国の対応

濃縮、再処理と燃料の供給保証について

 わが国はエルバラダイの国際核管理構想に対してはこれまでどちらかと言えば慎重な態度をとっていたが、今後ともこのような態度で終始すると国際的に孤立化しかねず、日本の関与なしに勝手に国際的なレールが敷かれるおそれがある。従って、むしろ積極的に対応し(攻勢防御)、国際的な話合いに公式にも非公式にも積極的に加わって、わが国の考えを反映させるよう努めるのが望ましいと考える。ともかく「カヤ」の中に入らなければならない。

 それでは、どのようにしてわが国はこの構想に関与していくことが出来るのか。

(1)その1つのアプローチは、核燃料の供給国、現実的には潜在的な供給国として国際的な核燃料供給保証体制に関与していくことである。その為には、@公的機関によるファイナンス支援を用いた国際協力によるウラン鉱山の開発A2010年度頃の導入を目途に開発中の新型遠心分離機を活用して海外向けに濃縮ウランの提供を行うことB現在、英仏に滞留している回収ウラン(濃度1%位か)を利用すること、そのためにはロシアなどでの再濃縮の手当てが必要となるし、いずれにしてもこれはお金がかかるC国内で供給余力のある燃料型加工といった方法――などが考えられないであろうか。

 なお、再処理については、現在の東海・六ヶ所工場の設備能力では国内需要を満たしておらず、地元との関係もあり、当分の間、海外への提供は困難である。また、そもそも米国がプルトニウムなりMOX燃料なりの使用を認めるのか、従来の米国の考え方からすれば再処理による抽出プルトニウムを燃料供給保証の対象として考えているのか甚だ疑問である。

(2)2つ目のアプローチは、わが国が核燃料の大輸入国として、国際的な核燃料供給保証体制に関与していくことがある。現在は、現実に供給能力を持つ国だけで内々に議論されているようだが、この供給保証体制如何によっては輸入国側、つまり供給をを受ける側も大きな影響をこうむるので輸入国側も当初から議論への参加を求めるべきだと思う。ちなみに日本は世界第3位の原子力発電国であるが、核燃料の輸入国としては世界最大である。わが国として関心を持つ点として、例えば、@供給保証を約束する主体は誰か。IAEAなのか、それとも低濃縮ウランの提供を申し出た国かA将来、需要が供給を上回った場合の供給保証はどうなるのかB供給保証されたウランの価格はどのようにして決定されるのかC自国で再処理は行わないものの、海外に再処理を委託しながら軽水炉におけるMOX燃料利用(プルサーマル)を行ってもよい国は限定されるのか――等々、問題は山とある。

(3)今1つのアプローチは、上記のアプローチとは次元を異にするが、日本だけが濃縮、再処理の平和利用の権利について例外扱いを受けるとの立場を求めるよりは、むしろ条件を国際的に、一般化することによって対応することである。例えばそのための条件として次のような論点が挙げられよう。

@核不拡散に関して国際社会からの信頼、信用が培われていること。

制度的条件

▽一定期間にわたりIAEA保障措置協定が遵守されていること。

▽追加議定書を受諾していること。

▽適確な輸出管理、核物質防護措置が講じられていること。

Aエネルギー供給構造や原子力発電の規模にかんがみ(一定の規模以上にあること)、自国で核燃料サイクルを行う必要性が明白であること。

B原子力の利用に関し、透明性が十分に確保されていること。

 現実的には上記(1)のポテンシャルサプライヤーと(2)ビッグインポーターの2つの立場を合わせたようなアプローチが適切ではなかろうか。だが、より根本的なのは「カヤの中」に入ったとして、日本として何を主張し、この核燃料供給保証構想に対し、どのような関与ないし貢献をすることができるかで、この点をわが国としては早急に詰め、一案なりとも準備しておかなければならない。

使用済み燃料について

 なお、バックエンドの使用済み燃料の国際的、地域的処理(例えば、ロシアの中間貯蔵受入れ提案)は、原子力発電を小規模で行っている国などにとっては歓迎する提案であり、また、将来のわが国の選択肢を増やすものではあるが、例えば次のような問題がある。

(1)中間貯蔵の海外依存は将来の不透明性が高いこと(もし、将来外交関係が変化するなり、ロシアの政情が変化するなりして持ち帰りを要求されるような場合、使用済み燃料が行き場を失うおそれがある。)

(2)使用済み燃料の中間貯蔵の期間終了後、最終処分はどうなるのか。

(3)燃料供給国との二国間協定上の同意は与えられるのだろうか。

 従って、少なくともわが国としては最終処分を含めて国内立地を基本とすべきであろう。

モラトリアム案について

 わが国としては特に警戒を要するのはモラトリアム案である。エルバラダイ氏は以前から、国際管理構想の検討には、かなりの時間がかかるだろうから、とりあえずは濃縮、再処理施設の新規建設に5年程度のモラトリアムをかけることを提案していた。エルバラダイ氏は現在もこのモラトリアム案に固執しており、モラトリアム期間を5〜10年としているようである。この「新規建設」とは何を意味するのか。例えば、今般決定をみた原子力委員会の原子力政策大綱にも言及されている第二再処理工場はこれに該当するのだろうか、また、現在の東海、六ヶ所再処理工場濃縮工場の拡張、改造等はどのような扱いとなるのかなど、非常に大きな影響をうけるおそれがある。

 なお、米国の方はモラトリアムには触れていないようだが、いずれにせよ、この問題は、真面目に保障措置協定を遵守している国にとって大きな影響を及ぼすことになりかねず、わが国としてこれを受入れることは難しかろう。


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