[原子力産業新聞] 2006年8月10日 第2343号 <4面> |
原子力機構 放射線利用の研究開発は今日本原子力研究開発機構が発足して、間もなく10か月になる。FBRサイクル、放射性廃棄物処分、核融合といった長期的エネルギー安全保障に向けた研究開発の状況については、本紙でも随時報じているが、一方で、放射線利用の分野ではどのような進展があるのだろうか。発足時の理事長談話にある「産学官連携の強化」「成果等の普及」「立地地域との共生」の視点から、最近の研究開発成果などを紹介する。 工業分野産学官連携の成果としては、自動車メーカーのダイハツ工業他との協力で開発した「インテリジェント触媒」がある。これは02年に発表され、既に商品化されているが(=図の矢印部、原子力機構提供)、このほどその材料貴金属をさらに拡大した「スーパーインテリジェント触媒」を開発、今後の自動車用触媒のグローバルスタンダードを打ち出した。 自動車の排ガスを清浄化するための触媒は、アルミナ等の表面にパラジウム、白金、ロジウムなどの貴金属を微粒子状態で分散保持させ、できるだけ大きな表面積を保つように作られているが、過酷な環境により貴金属微粒子がアルミナの表面を移動・合体することで粒成長を起こし、触媒機能の低下が避けられなかった。 そこで、特殊な「ペロブスカイト」型結晶中にパラジウムをイオンとして原子レベルで規則的に配置させたところ、パラジウムが高温の酸素過剰状態では金属イオンとして結晶中に入り、酸素不足状態では結晶から出て金属微粒子となり、再び酸素過剰状態で結晶に戻るという自己再生を繰り返すことがわかり、金属微粒子の肥大化を抑制する新機能触媒の開発に成功。これが「インテリジェント触媒」だ。この成果は、排ガスの酸化還元変動時のパラジウム原子の挙動を、SPring−8の放射光X線を用いた結晶構造解析で明らかにし、得られたもの。放射光による構造物性評価は原子力機構が、触媒合成と活性評価はダイハツが開発に当たった。その後、両者らの共同で昨年、白金、ロジウムにも自己再生機能を与えた「スーパーインテリジェント触媒」が開発され、これにより、歯科材料、電子機器、宝飾品と、広範囲に利用される貴金属の大幅な使用量削減へとつながっていくものとみられる。 この成果は、原子力機構による科学的原理の発見と、それに基づくダイハツによる工業製品の開発が、環境浄化と省資源に貢献する革新技術につながった一例だ。公的研究機関と企業との連携活動の成功事例として、「インテリジェント触媒」開発は、今年度の「産学官連携功労者日本学術会議賞」を受賞。「インテリジェント触媒」搭載車は4月現在で、累積売上200万台に達している。 医療分野原子力機構の研究炉JRR−4を用いたがん治療ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の臨床件数は、悪性脳腫瘍を中心に既に50件に上るが、このほどJRR−4を利用し、大阪医科大学が今年5月に開院した東海村立病院(=写真、同病院提供)との協力で、新たにBNCTの臨床研究を行うこととなった。地域病院との連携により、BNCTの治療効果向上、脳腫瘍以外の難治性がんへの適用拡大を目指した研究が期待される。 中枢神経に発生する浸潤性の腫瘍は、腫瘍塊だけを摘出しても残った浸潤腫瘍細胞から高い頻度で再発が起きるほか、腫瘍塊のまわりを含めて摘出しようとすると障害が発生するため、手術のみで治療するのは困難。そこで、「浸潤腫瘍細胞の中で放射線が発生し、それがそこだけに留まっていてくれたら」という発想のもと、ホウ素10が熱中性子と反応しやすく、それによって発生するα線とリチウム核の2つの粒子線が極めて短距離しか飛ばないという性質を利用して、患者のがん細胞に選択的に集まるホウ素10化合物を投与した後で、患部に中性子ビームを照射する。放出するα線とリチウム核が細胞組織内でエネルギーを失うまでに移動する距離はがん細胞の径にほぼ等しいほどわずかなため、周囲の正常細胞にダメージを与えることなく、がん細胞のみを破壊する。これがBNCTの原理だ。照射精度の技術向上により、最近では頭頚部だけでなく、肺への照射も行われている。 JRR−4によるBNCTは、99年に筑波大学の医療チームによって開始され、現在では臨床研究に使用できる原子炉はJRR−4のみだが、実際の治療に際しては、線量シミュレーション、ホウ素薬剤点滴、採血によるホウ素濃度確認といった手順を要する。今回の原子力機構と地域病院との連携で、BNCT照射実施直前でのがんの位置等の正確な把握も可能となり、臨床研究の一層の推進を通じて、優れたがん治療法の確立に貢献するだろう。 農業分野放射線照射により生じる突然変異を利用した植物の新品種開発は、環境耐性に優れた農産物の増産に役立っているほか、農薬使用量の低減から環境保全にも貢献している。特に、国民に十分な食糧を供給することが喫緊の課題となっている途上国では、この技術で得られた耐病性、高収量、耐干ばつ性などの優良品種を栽培し収穫できるよう、成果の普及を図っていくことが重要だ。原子力機構の高崎量子応用研究所ではこの分野で、ムギやダイズなどの作物増産が期待できる研究成果を得た。 同機構量子ビーム応用研究部門では、イオンビームを用いて獲得した紫外線に強いシロイヌナズナの突然変異体について、原因となる遺伝子を同定して機能を調べたところ、葉や茎の細胞核のDNA量が増えることにより、紫外線耐性の形質が現れることを世界で初めて明らかにした。 オゾンホールの拡大による紫外線量の増大で、農作物の減収や園芸植物の葉焼けといった影響が、今世紀に入って危惧されるようになった。そのため、旧高崎研究所では植物の紫外線耐性機構を解明し、その耐性能力を引き出すことを目的として、シロイヌナズナにイオンビームを照射、新規の突然変異体を誘発・育成して解析を行い、03年に紫外線耐性に必須の役割を持つ遺伝子を発見。その機能を研究したところ、紫外線耐性を持つ変異体では、細胞核内のDNA量が増え、強い紫外線下でも傷つくDNAを補うことにより、生長がよくなることが最近わかった(=写真の上は野生株、下は変異体、原子力機構提供)。 この結果は、他の植物にも応用できる可能性があり、成果の普及により、穀類の増産や地球の緑化といった人類社会の福祉に貢献するといえよう。 |