[原子力産業新聞] 2007年2月22日 第2368号 <2面> |
【論説】地層処分に広汎な議論を原子力発電環境整備機構(NUMO)は高知県東洋町から出された高レベル放射性廃棄物の最終処分施設の設置可能性調査(文献調査)への応募書を正式に受理した。しかしこれに対して、橋本大二郎高知県知事は「地元の理解、同意が得られていない」としてNUMOに受理撤回を求めている。 2002年12月にNUMOが処分場候補地の公募をして以来、これまで約10の市町村が応募に興味を示したが、マスコミに報道された段階でことごとく県や周辺自治体が反発し、白紙撤回にいたるという経過をたどってきているだけに、東洋町および周辺地区の方々の十分な理解を前提として、文献調査へと進展していくことを望むものである。 高レベル放射性廃棄物の処分事業の概念(地層処分の概念)は、高レベル放射性廃棄物を長期にわたって隔離するのに最も適切な概念と国際的に評価されており、専門家は地層処分の安全性について強い自信を持っている。そして、事業の必要性は、環境、エネルギー資源という制約を克服して、地球上で人類が持続的発展をするためには何をなすべきかという原子力の必要性の議論の中にある。 このようなこの事業の重要性と専門家の安全に対する自信を考えれば、処分場を誘致しようとする地域は、広く社会から敬意と感謝をもって受け入れられるべきであるのに、処分施設を迷惑施設とし、迷惑施設を金(交付金)で買うような発言がまかり通り、処分場の誘致という「高い志」を支える議論が出てこないのは残念としか言いようがない。 県民の健康と安全を預かる立場から県知事が慎重な態度を取ることは理解できるが、ならば、地層処分の安全性について専門家と徹底的な議論をなすべきである。どのような状況においても、議論の芽を摘むようなことがあってはならない。 高レベル放射性廃棄物処分事業の難しさは海外も同様である。かつて、スウェーデンのオスカーシャム市長が処分場誘致成功の要因を聞かれたとき、「結論を急がず時間をかけたこと、それが一番重要だ」と言い切った。高レベル放射性廃棄物の処分事業の遅れは処分問題に留まらず、やがては再処理、中間貯蔵、そして原子力発電へと、サイクル全体に影響を及ぼす可能性の大きい重要な問題であり、いたずらな遅延は許されない。だからこそ関係者は、オスカーシャム市長の言葉の重みをもう一度考えて、結論ばかりにとらわれず、「急がず着実に」この問題を前進させることを考える必要があるのではないだろうか。 また、高レベル放射性廃棄物の処分は、NUMOが地域と折り合いをつければできるとして、特定地域とNUMOの問題と捉える傾向が強いように思われる。しかし、処分事業は、国家のエネルギー政策に影響を与える重要な事業であること、廃棄物を埋設するまでに100年という長期の時間を要することを考えれば、処分場を誘致した地域だけでこの問題を背負うには重過ぎる。 このため、国および電力をはじめとする関係機関は、国民各層の間で広汎な議論をさらに行い、地層処分の必要性や安全性についての理解を深め、事業を受け入れる、そして受け入れた地域を社会が支える環境を広く醸成させていくことが必要である。この意味で原子力委員会が立地自治体以外へのアクションを表明されたことを歓迎し、これを広汎な議論の嚆矢(こうし)とすべきである。 そして、国民各層の間で広汎な議論を積み重ねることこそが、100年の事業の礎を作るものと考える。 |