[原子力産業新聞] 2007年5月17日 第2379号 <2面>

〈クローズアップ〉日本原子力発電参与 下山俊次氏に聞く 原子力法体系50年目の総点検=@国際的広がりの中で新構想を

――今、産官学で原子力法の現状について問題提起されている。原子力基本法が制定されて半世紀になるが、当時から原子力開発の第一線で原子力法制にも深く関わってきた感想は。

下山 長い間、原子力開発の歴史を見てきて、開発に伴って生じているさまざまな不都合な事象の根底に、原子力法制の問題があることを折あるごとに指摘してきた。原子力分野では、技術、経済性、核燃サイクルあるいは地域との合意形成についていろいろ議論されてきたが、法制度について関心が示されたことはなかった。原子力長計でも恐らく触れられたことはなかったろう。半世紀経った今、急にこのことが問題視され産官学で論議されるようになったことは大変喜ばしい。その原因はやはり法の制度疲労≠ェ限界に達しつつあり、特に規制関係の過程にさまざまな障害が起きていることによる。

ただ注意すべきは、原子力施設の規制関係だけが原子力法の問題ではないことだ。その認識の上で、規制関係の現場で起こっている種々の不都合が、@原子力法そのものの不備によるものかA法の運用の仕方によるものかBあるいは法の問題というより、規制側と被規制側との事実上の不都合なのか――を関係者間できちんと整理してから議論を進めてほしい。現在規制と事業者の間にある問題に目を奪われて、法体系全体の問題を矮小化してはならない。この点からも、班目春樹東大教授の主導する「原子力法制研究会」の成果に大いに期待している。

いろいろな方がたの話をお聞きしていると、原子力法を論ずる前に、法というものに対する基本的認識を共有しておく必要性を痛感している。

――わが国の原子力規制法の体系の中心になっている事業プラス施設規制方式を早くから問題視され、物質規制の導入の必要性を提唱しているが、その実現可能性は。

下山 半世紀前に原子力の法体系を創った人たちは、まず、既存の日本の法体系の中に原子力をどう取り込んでいくかを考えたが、それは極めて自然な対応であり、当時のわが国の原子力開発の前提となった諸条件のもとでは事業規制もそれなりの効果を発揮したことは歴史的事実である。しかし、この半世紀の間に、状況が様変わりしたことは明らかであり、法体系もそれに見合ったものに改正されるべきである。それには多大な労力とコストを伴う。したがって現実的に可能な方法とプロセスで段階的に行っていくことも重要となる。しかしまず原子力と法の間に内在する基本的課題を洗い出し、全体のビジョンが描かれなければならない。事業規制、物質規制、施設規制は各々が対立する方式ではない。各国と同じく物質、施設規制で整理し直すことは今後の原子力の国際展開からして望ましいが、立法技術の問題として事業規制と並存できないか否かは検討を要する。しかし、わが国は平和利用だけだから物質規制は不要だとか馴染まないとかいう半世紀前と同じ議論はナンセンスだ。

――これから21世紀の原子力開発の発展を考える上で、原子力法体系として重要なことは何か。

下山 まず、第一は法の信頼性の回復である。そのためには、法体系は透明性を確保しなければならない。過去半世紀、間題の都度部分的なつぎはぎの対応をしてきた結果、非常に複雑かつ難解だ。従って、まず原子力と法の基本的関わり合いを整理して、中心となる柱を作ることである。

原子力と法の問題を考えるに当たっては、科学技術と法の関係を考えなければならない。法の社会における役割としてその安定性は基本であるが事態即応性も同時に求められる。また進歩性と保守性のバランスをどう保つかも重要だ。そのうえで、さらに原子力が法の関係で有する特質を念頭に置いて、体系の整理に取り組んでいただきたい。

今という時代は、改めて原子力とは人類にとって何であるのかという根本問題を考え直すのに相応しい節目に差し掛かっているのではないか。法の領域では、行政裁量の拡大が必然であるこの分野で実体法の中身による行政規制の限界が痛感され、「手続き過程の重視」と、それによる「司法審査の合理性」が真剣に検討される時期がきていると思う。また行政処分のみならず技術基準、審査指針等の内規性を含めて行政立法の手続き過程、規制行政の組織のあり方等についても透明性の視点から検討がなされてしかるべきだ。

第二に、原子力開発は優れて国際性を有する分野であり、法的には国内法と国際法は密接な関連をもつ。IAEA、OECD/NEA等をはじめ国際的な原子力法論議の場で、常に「日本法の特色は…」を枕詞にスピーチをしなければならない状況は、ぜひ解消してもらいたい。班目先生が言われるように、日本特殊論≠ゥらの脱却は焦眉の急を要する。その意味からも、物質規制と施設規制の導入も真剣に検討してほしい。

今、わが国原子力発電の分野における最優先課題は、新規の立地、建設ではない。50数基の軽水炉の安全・安定運転を目指した運営、保守であり、そのための技術的、制度的改善である。米国の電気事業者はスリーマイル事故を転機としてメーカーなどの協力のもとに、それまでの作れば「動く」原発から「動かす」原発へと意識を変えて技術力の向上に取り組んだ。その成果がもたらしたものは高稼働率と増出力による千数百万kW分の供給力の増加であり、その実現を可能にしたのは、NRCによる許認可制度を中心とした規制法制の改定であった。

わが国の対応は、米国に比べて出遅れの感はあるが、これから至急そうした体制を立ち上げなければならない。もう1つ困難な問題として地域との合意形成がある。「広報・広聴」も大切だが、それだけでは本質的解決にならない。安全協定を含めて中央と地方の関係を法的視点から検討されるべき時に来ていると思料する。「原子力立国」政策の実効性ある展開のために是非とも法制度の改革を推し進めてほしい。

(原子力ジャーナリスト 中 英昌)


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