[原子力産業新聞] 2008年1月24日 第2413号 <1面> |
「中越沖地震と柏崎刈羽」 復興へ国県市村が率直議論 東京で資源エネルギー庁は、中越沖地震で大きな被害を被った新潟県の復興を願って、地震発生から約半年となる1月17日から19日に、東京・千代田区の東京国際フォーラムで「あったか元気!新潟フェスタ」と題する物産・観光案内展を開催した。(4面に関連記事) その18日午後には、新潟復興フォーラム「新潟のあしたを考える――私ができること」として、木元教子・元原子力委員をコーディネーターに、泉田裕彦・新潟県知事、会田洋・柏崎市長、品田宏夫・刈羽村長、新潟県出身の女優・星野知子さん、望月晴文・資源エネルギー庁長官が参加して、パネル討論を行った(=写真)。 谷川健次・東京都副知事が挨拶し、都の電力自給率は10%程度とした上で、「昨年は記録的猛暑となり、省エネ、節電に努力した。電気の故郷と言われる新潟地方の電気であることは深く認識している」と述べた。 地震直後の情報発信について木元氏が問うたのに対して、星野さんはヘリコプターから撮った黒煙が上がっている映像を見て、「誰もなぜ、あそこに人がいないのだろう。なぜ、人が近づかないのだろうと不安に思った」との印象を語った。品田村長は、「NHKがメディアとして何を伝えたかったのか、私には分からない。『知りたいこと』を伝えてもらいたい」と述べた。 会田市長は「(原子力発電所の状況は)防災無線では3回流した。大丈夫だったから3回だった。たいへんなことになっていたら、もっと出したと思う」と述べた。泉田知事は「『安全情報』は外に出て行かない」と指摘した。 品田村長は、地震で万が一、原子力発電所から放射能が放出された場合、「家族や人がつぶれた家の中にいるのに、避難してくれと言えるか」と難しい問題を提起した。 知事、市村長からは善意の支援物資であっても、受け入れに具体的な難しい問題が生じることに言及した。 今後の対応については、品田村長は「義捐金が嬉しいというより、その気持ちが嬉しいから、我々は立ち直り、復興できる。支援に応えるためには、見事に復興して見せること」、会田市長は「ぜひ被災地にこそ来てほしい。それが支援になる」、泉田知事は「災害には二つと同じ顔はない。都会の方も、第二の故郷を作っておいたほうがいい。できれば新潟県に」などと語った。 |