[原子力産業新聞] 2008年6月19日 第2433号 <2面>

【クローズアップ】「原子力と向き合う」(5)政策大学院大学教授 内閣特別顧問 黒川 清氏に聞く 日本復活の鍵「破壊的イノベーション」 リーダーは壮大なビジョンと責任を

―「低炭素社会」へのキーワードといわれる「イノベーション」とは。

黒川 「イノベーション」という言葉が世界に広がっているのには、それなりの理由がある。91年の冷戦の終了とともに世界がグローバル市場経済に単一化され、翌年のWWWからインターネットで世界中がつながり世界が「フラット」化、新しい市場・ニッチの集積が大きな機会≠ノなったこと、さらにこの革命的技術を使った「デマンド志向」の新しいビジネスモデルがいくつも出てきたことが背景にある。

単純に「イノベーション=技術革新」との理解は勘違いで、過去の成功体験と既得権益を守ろうとする内部の根強い抵抗をはねのけるイノベーションの本質、「破壊的イノベーション」が技術のみならず社会制度、教育、経済、産業構造全体を変革、新たなグローバル化時代における人類共通の課題克服を担っていく。イノベーションは正に、過去の栄光の成功モデルが逆に足かせとなっている日本が今後、こうした時代の劇的パラダイム転換に対応し、世界で活躍し、相応の存在であるにはどうすればいいかの鍵を握っている。

Googleは、たった2人の大学院生が10年前に起業し、今や20兆円企業に急成長、世界の多くの人が日常的に使い、この名前を知らない人はいないこととも考え合わせてほしい。

もうひとつは地球規模の大問題、たとえば気候の危機的変動、食料や水資源、土地や森林あるいは鉱物資源獲得など、その解決策への競争にある。昨年、米国のシリコンバレーだけでクリーンエネルギー開発に4,000億円ものベンチャー資本投資が行われた。低炭素社会への競争、低炭素社会が新しい価値を生む社会への大転換だ。原油価格は今後さらに上昇し、また緊迫化する食糧争奪問題が世界的に大きな困難を生むだろう。しかし、低炭素社会へのさまざまな政策、クリーンエネルギー技術、あるいはCO排出量取引のような金融的枠組みを含めて、新しいビジネスチャンスが世界規模で拡大する。これが世界の趨勢、競争だ。

―地球温暖化対策、原子力との関連は。

黒川 原子力はCOを排出しないエネルギー源として期待され、日本は優れた技術を保持している。だからこそ日本のメーカー3社が米国の「原子力ルネサンス」に協力、同国内で30年ぶりの新設計画が動き始めている。世界では米国以外にも多くの国が原子力導入を真剣に考え始めており、日本には、世界貢献のまたとない好機であると同時に絶好のビジネスチャンスである。

原子力ビジネスは、単に商売ではなく、原油価格の高騰が世界経済に重くのしかかる中、地球温暖化防止とエネルギーセキュリティーを同時解決しながら世界経済の持続的発展を実現する切り札という大義名分があるならば、日本は臆することなく、海外でしのぎを削るべきであり、そのぐらいの気概を示してほしい。低炭素社会へ向けてまず国内ですることは他にいくつもある。

私は先日、中東出張でアブダビに立ち寄ったが、仏はサルコジ大統領自ら乗り込み官民一体となって原子力プラント商談を積極果敢に進めており、それに独、英も同意、米国も内々認めているといわれる。「日本はなぜ来ないの」と聞くと、「米国が承認してくれれば…」という状況のようだ。

こうした図式は省エネ技術の活用による温暖化防止対策にも端的に現れている。省エネ技術は日本が世界トップレベルだが、日本のCO排出量は世界の約5%。しかしアジア他の世界経済が拡大する中、20年後には日本分は1%程度となろう。半面、中国、インドなどはどんどん比率が増大する。もし技術が抜きん出ているというなら、日本企業は温暖化防止に貢献するためにも、今こそもっと世界に出て積極果敢に途上国向けビジネスを本格化しないのか私には不思議でならない。ひとつにはかつてのソニーの盛田昭夫や本田技研の本田宗一郎のように、自らの技術・製品で世界制覇、貢献を意図し、独自の哲学、ビジョンと情熱を持って行動する稀有壮大な創業経営者がいなくなり、経営者マインドが矮小化している。

世界から見た日本は今、実に頼りない国でしかない。自分では何も決められない、根回しだけでリーダーの覇気がない、アジア諸国が急成長する中で日本だけが横ばい、内向きのままで魅力がない。すべては過去の成功体験で「破壊的イノベーション」が進まないことに起因している。

アインシュタインのE=mcから100年、ここかしこに世界的危機が迫る。日本でも、国家も産業も、過去の社会のあり方とはいえ「リーダー」といわれる責任ある立場の人たちはもっと壮大なビジョンと世界での責任を持つことが必要だ。地球の状況が様変わりする中、現世代は将来世代に大きな責任があるうえ、この知識社会に住んでいて温暖化問題でも何をすべきか「知らなかった」ではすまないのだから。

(原子力ジャーナリスト 中 英昌)


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