[原子力産業新聞] 2008年6月26日 第2434号 <2面> |
【クローズアップ】「原子力と向き合う」(6) 日本IBM社長兼会長 大歳 卓麻氏に聞く 「技術+知恵・夢」=イノベーション 地球貢献国家の役割担う好機―「イノベーションブーム」の感もあるが、IT企業経営トップとしての見方、ビジネスとのかかわりは。 大歳 日本の技術力は卓越している。たとえば日本の携帯電話機器は極めて高機能、高品質な製品だし、世界的にも製品を開けて中の部品を並べてみると、6割近くが日本製で占められている。ところが、日本製携帯電話の世界シェアはわずか数%に過ぎない。つまり、付加価値の高い部分を「どこかの誰かに持って行かれている」わけだ。これは結局、技術は優れているが、完成品を使う人の立場の価値に転換する能力が発揮されていないためだ。かつては品質の良いモノを作れば売れた時代もあったが、今はモノを使って何をすればいいかの知恵の勝負≠ノなり、iPodなどはその典型だ。 日本人もそうした能力がないわけではなく、「歩きながら聴く」画期的な使い方を提案した携帯型音楽再生機をはじめ、カラオケ、ゲームソフト、パソコンゲームでも世界市場を制覇している。しかし、最近そうした新しく人を惹き付ける製品開発力・提案力が弱くなってきたように思う。 そこを打破するのが「イノベーション」である。イノベーションには「製品」、「サービス」、「ビジネスプロセス」、「ビジネスモデル」、「企業組織・風土の変革」および「国の政策、社会の変革」の6つの切り口があると考えており、日本IBMでは顧客イノベーションの支援を軸にした経営戦略を掲げている。つまり、これからの変革・イノベーションに不可欠なIT(情報技術)・ノウハウを駆使して、これまでの延長線にはない新しいあり方を提案することで顧客の生産性を高め、ビジネス成果を高めていただく。 通常、イノベーションというと「技術革新」だけを考えがちだが、それはむしろインベンション(発明、発見)の領域で、そうした技術的要素にサービスのやり取りやビジネスプロセス、企業組織・風土など、人間の知恵や夢が一体化してイノベーションになる。つまり、今までと違う「仕事の進め方、やり方、さらにはやること」を創造していく。そのためのアプローチの仕方は、例えば持てる技術を自社の中で完結させるのではなく世の中にオープンにし、他企業や国を含めた産官学とのコラボレーションにより、イノベーションを生み出していくことがますます重要であると、皆さんに提案している。IBMが昨年、仏に設立した「原子力センター」は、そうした協業的イノベーションの国際版だ。 最近では、日本政府や日本経団連、日商はじめイノベーションを旗印に掲げるところは多い。しかし肝心なことは、掛け声だけで終わることなく、いかに実践し、実現していくかにある。 ―IBMは早い段階から環境問題を企業理念に取り込んできた。現状をどう見るか。 大歳 日本は省エネなどの環境技術に優れ、次々と新技術を開発してきており、それを社会や企業に役立つ付加価値にする応用も強い。地球温暖化対策に寄与する力の元になる技術を持っているのだから、環境問題では、その解き方を世界に先駆けて示し、実行し、日本が世界における役割を確立していくすばらしいチャンスだと思う。 さまざまな理由で日本の存在感が今見えにくくなってきている。戦後、高度成長とともに規模の拡大を伴った昭和40〜50年代は「製品が歩き、しゃべってくれて、受け入れられた」ことで、日本は製造立国として世界をリードしてきたが、今は世界中で「物から事」へ価値が移転している。 このような環境で日本が持続的に発展していくためには、国の将来モデルを転換していかなければならない。例えば、日本は環境技術をベースに「低炭素社会」実現に向けて地球貢献国家としての役割・国のモデルをしっかり確立していくことも重要だ。そうした観点からも、省エネと並び温暖化対策とエネルギー安全保障の切り札となる原子力発電について、一刻も早く国民が納得できる「国論」を形成していくべきだと思う。そうしなければ、天然資源の乏しいこの国の安定性を欠くことが懸念される。 私は広島生まれで原子力については負のイメージを持っていたが、学生時代から人間と天然資源の関係や、エネルギー源としての原子力が持つ力について考えるようになり、正しく活用すれば人類に大変プラスになると関心を寄せている。今や産油国でさえ、石油資源枯渇後の国のモデルを考え、原子力導入を検討し始めている。地球誕生以来数十億年かけて形成された地球環境を、人類は産業革命以降のわずか200年間で急速に破壊してきた。将来を見据えた長い時間軸で、このままいけば一体どうなるのか、国も企業も常にそうした視点に立ち、考え行動すべきだ。その意味でも、原子力についてはまず全体像を正しく理解することが重要で、政府やメディアには部分的な開示や報道に留まることなく、全体像を分かりやすく示していただきたい。 (原子力ジャーナリスト 中 英昌) |