[原子力産業新聞] 2009年1月22日 第2462号 <2面> |
【企画】脆弱なRI供給体制の改善を 医療上の検査・診断・治療に不可欠 世界の製造炉が老朽化 モリブデン99国産化検討原子力利用分野の一翼を担う放射線利用――その中でも、医療用の検査、診断、治療の上で、大きく活用が広がりつつある放射線と放射性同位元素(RI)。ところが、そのRI供給のほとんどが外国製で、しかもその多くが老朽原子炉からのものという脆弱性の上に、日本人は医療上のメリットを享受している。この現状の問題点を指摘し、また新たなRI供給の道を切り開こうとする動きを紹介する。 学術会議のRI安定供給提言 柴田徳思(日本原子力研究開発機構)第20期日本学術会議基礎医学委員会・総合工学委員会合同「 放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会」(柴田委員長)は、「我が国における放射性同位元素の安定供給体制について」と題する提言を昨年7月公表した。その中で「JMTRでのRI製造は、我が国におけるRIの安定供給にとって喫緊かつ最も重要であり、この改修計画で的確な対応がなされるべきである」と述べている。原子力機構ではJMTR運営・利用委員会の下に専門部会「Mo−99国産化検討分科会」を設置し、技術的な課題の検証を行い、国産化の早期実現に資するとしている。これにより、原子力機構の照射試験炉JMTR(茨城県大洗町)におけるRIの製造が早期に開始されることが強く望まれる。 日本学術会議により公表された提言の概要を紹介する。 T 作成の背景 RIは広い分野で利用されている。これらのRIの一部は我が国で製造されているが、製品用原料のRIを含めるとその多くは輸入されている。このため我が国におけるRIの供給の現状を把握し問題点を整理して改善策を検討し提言をまとめることとした。 U 現状と課題 (1)RIの安定供給の安全保障に関する課題 利用されているRIの多くは輸入されているため、@短半減期核種の利用が限られるA研究・開発上新たなRIが必要なときに早急な対応が困難B海外製造所でのトラブルや輸送中のトラブルで利用に支障をきたすC海外の製造所における製造の一方的な中止により研究・開発に支障をきたす――などの問題を抱えている。 これは、RIの利用上大きな問題であるとともに、医療分野では患者の診療に深刻な問題を引き起こす。 平成19年には年間で約100万件(平成14年の統計)の診断に用いられる放射性医薬品がカナダの原子炉のトラブルで入手困難となり、他国からの緊急輸入でかろうじて影響を回避する事態が生じた。また、平成19年に英国の製造所が9核種の精製RIおよびカタログ製品コード300品目以上の標識化合物の製造を中止したため、生命科学、農学、医薬学の分野で研究の継続性や代替試薬の調達等の問題が発生し、研究に支障が生じてきている。 (2)放射性医薬品利用の合理的推進に関する課題 非密封RIを疾病の診断や治療に利用する核医学診療では、新規の放射性医薬品の医療現場への迅速な供給が高度、先進的医療を患者に提供するために不可欠である。診断や治療に利用するのは放射能であり、目的臓器や病巣への集積を高めるために投与する薬剤の量は極めて微量である。このようないわゆるトレーサ量の薬剤の薬理効果は無視できる程度である。一方、体内での分布と放射線被ばくは厳密に検討する必要がある。したがって、放射性医薬品の安全性に関する審査基準はおのずと一般治療薬及び診断薬とは異なるべきである。 しかし、現状では放射性医薬品は一般治療薬と基本的に同等の基準で審査されるため承認までに不必要に時間がかかり、外国で日常診療に利用できる放射性医薬品が十数年にわたり我が国で使用できない事例すらある。このような不合理を解消する努力が必要である。現在、急速に普及しているPET診断において承認されている[F−18]FDG以外の薬剤を先進医療あるいは保険診療として利用するには薬剤製造装置の承認が必要とされる。合理的な承認が今後の普及に不可欠だ。 (3)RI製造の新展開を図るために 現在、中性子を用いて製造するRIは原子炉で製造されているが、加速器を用いた中性子源の開発が進めば状況は変わる。また現在我が国で建設が進められている大型加速器施設でのRI製造が可能になれば利用できるRIの種類も増える。 V 提言の内容 (1)RIの安定供給の安全保障 現在、RIを製造している原子炉は、原子力機構のJRR−3およびJRR−4であるが、新たに照射設備を増設するなどの対応を行う計画はない。同機構が有するJMTRでは現在改修計画が進められている。平成7年の閣議決定により同機構のRI製造には制限が付けられているが、海外から入手できないRIにまで制限が及ぶものではない。JMTRでのRI製造は、我が国におけるRIの安定供給にとって喫緊かつ最も重要であり、この改修計画で的確な対応がなされるべきである。 (2)放射性医薬品利用の合理的推進 放射性医薬品の承認審査には、医療用に用いるRIが短半減期であること、医薬品がトレーサ量であることを勘案して、一般の医薬品とは異なる基準を導入すべきだ。これにより新規放射性医薬品の安全審査が合理的に行われ、より迅速に利用できるようになれば医療の質向上に資すること大である。また、PET薬剤製造装置の承認は合理的になされるべきである。 (3)RI製造の新展開 中性子反応による製造は原子炉でなされるが、保守等による中断は避けられない。加速器を用いた中性子源によるRIの製造法が開発できれば原子炉での製造のバックアップだけでなく荷電粒子反応によるRIの利用も可能になり、今後の開発が望まれる。また、世界的に先端的な加速器であるRIビームファクトリーやJ−PARCにおいて本来のビーム利用研究と並行してRIの製造ができれば、これまで利用できなかったRIが利用できることとなり、その利用価値はさらに大きくなる。各種RIの安定供給のためには、これらの施設において製造・供給体制を整備されることが強く望まれる。 モリブデン−99供給の現状と課題 源河次雄(元日本原子力研究開発機構)近年の医学検査や診断技術の進歩は著しいものがあるが、医療現場における設備の簡便さと症例に応じた標識可能な検査製剤の多様さから、Tc−99mを使用する核医学診断はますます重要になっている。先進国のみならず途上国においても高齢化が進むなか、依然として年率7〜10%の増加傾向が続くものと予測されている。 このような中にあって、Tc−99mの先駆体であるMo−99の安定供給確保のためには、Mo−99製造炉の老朽化問題とどう取り組むかが喫緊の課題である。 同時に核不拡散条約あるいは対テロ対策上、核兵器転用可能な高濃縮ウランを原料とした製造法からいかに脱却するか、次いで天然モリブデンを原料とする環境に優しい製造技術体系をいかに構築するかが重要なポイントとなる。ここでは当面差し迫っている製造用原子炉の老朽化に伴う問題に絞って述べる。 最近の集計によると、全世界で年間約4,000万件の核医学検査が行われており、そのうち80%がMo−99(半減期66時間)から得られるTc−99m(半減期6時間)を使用している。しかもMo−99の世界需要の約95%がわずか5基の古い原子炉、すなわちカナダのNRU、オランダのHFR、ベルギーのBR−2、フランスのOSIRIS、南アフリカのSAFARI−1によって製造されている。中でも最古のものは1957年に建造されたNRUで、その他の炉も全て60年代前半までに建造されたものだ。 これらの炉は全てU−235を90%以上に濃縮した高濃縮ウランターゲットを使用する核分裂法を採用し、カナダのMDSノルディオン社をはじめとする世界の供給大手4社を通して世界各地の医薬品メーカーに出荷するという流れで、比較的安定した需給関係が最近まで維持されていた。 ところが2007年暮れから08年にかけて、Mo−99の安定供給を脅かすようなトラブルが相次いでいる。07年11月、世界最大の供給量を誇るカナダのNRU炉が規制当局立会いの定期検査中に緊急時冷却ポンプ電源系統の不備が発覚して運転停止となり、この予定外の出荷停止は世界中の核医学関係者に衝撃を与えた。 さらに建造後、半世紀を経たNRU炉の代替炉として建設されたMAPLE−1および2が、完成後8年を経ても出力反応度係数の問題を解決することができず、08年5月、ついに廃炉の決定が下された。この件は1基のみでも全世界の需要を充たすことができ、北米のみならず世界中の核医学関係者に改めてMo−99の供給に対する危機意識を喚起する結果となった。 その3か月後、オランダでもHFR炉の一次冷却系配管の腐食変形が見つかり、修理のため09年2月16日まで運転停止の予定とされたが、その後修理に想定以上の高度な技術を必要とすることがわかり、さらなる期間延長が見込まれている。また08年8月に、ベルギーで国立放射性元素研究所(IRE)のMo−99プロセス施設のスタックからヨウ素−131が環境に放出されるという事故が起き、2か月半にわたって全面停止、その間IREでMo−99の精製を行っているBR−2炉もMo−99用ターゲットの照射を中止せざるを得なかった。 その他、低濃縮ウランターゲットを使用するオーストラリアのOPAL炉が07年4月に完成したが、3か月後に数枚の燃料板の位置ずれが発見され、10か月かけて燃料板の設計製造をやり直し、再装荷して運転を再開した。現在Mo−99の試験製造は進行中であるが、医薬行政上の認可を得て本格的に商業生産を再開するのは09年4月頃となる見込み。 このような事態を受けて各国は対策を講じ始めている。カナダ政府は、アイソトープ供給安定化のための国際会議を09年1月にパリで開催すべく各国政府および関連団体に呼びかけ準備中である。また年間930万件の使用実績がある米国ではMo−99を100%海外に依存することに対する危機意識が高まり、ミズーリ大学の研究炉(MURR)で国内需要の50%を賄うべく、そのための照射後プロセス施設を新設する計画がある。 EUではHFRの2倍の性能を有する新型研究炉PALLASを15年までに完成すべくプロジェクトが進行中である。IAEAでもMo−99の需要の増大と主要な生産炉が高経年化していることを憂慮して、研究炉の信頼性向上と効率向上に資するための運転管理マニュアルを刊行し注意を喚起している。 年間100万件の需要があるわが国でも原子力機構が医薬学界、医薬品業界などで構成される「Mo−99国産化検討分科会」を設置し、Mo−99の国産化に向けた技術的検討を開始した。新規に立ち上げるMo−99の国内生産では、天然モリブデンの中性子放射化法を採用することとし、モリブデンの比放射能が低いという隘路を克服するため、原子力機構と(株)化研が共同開発し、アジア原子力協力フォーラム(FNCA)で実証試験を行ってきた高性能Mo吸着材PZCを活用し、11年を目途に Tc−99m の国内試験製造を開始することを検討している。 |