【クローズアップ】原子力委員に内定した尾本 彰氏に聞く IAEAに籍を置いて 原子力技術活用の仕組み 国際標準から考える必要も

―東京電力原子力技術部長から、国際原子力機関(IAEA)原子力発電部長に転出して足掛け6年間の総括を。

尾本 世界の原子力の発展に貢献したいと考えてIAEA(ウイーン)に籍を置いたのが2004年1月初め、雪の深い日だった。当初は「IAEAに行っても大した仕事はないよ」と諭す人もいたが、原子力を取り巻く国際情勢は間もなく大きく変わった。その転機となったのはIAEAが05年春に原子力発電50周年を記念して開催した「パリ会議」。そこで、途上国が原子力発電に強い関心と期待を抱いていることが世界に示された。

その背景には、エネルギー安全保障に対する不安・関心の高まり、不安定な石油価格への懸念、さらには底辺にはCO排出削減など環境意識があり、その解決策の1つとしての「原子力」という認識が開発途上国にも広まっていたことがある。パリ会議がある種の起爆剤≠ノなったと思う。

IAEA原子力発電部は、既存炉の優れた運転への支援、将来の原子炉と核燃料サイクルの技術開発のコーディネート、開発途上国の原子力発電導入支援、が活動の3本柱だが、在任中、3番目の柱の比重が次第に増した。帰国時には世界で68に及ぶ原子力発電を持たない国がIAEAに原子力発電導入のための支援を求めるようになり、「途上国支援」の業務が原子力発電部長業務の過半を占めるに至った。いずれそういう時期が来るとは世界の多くの原子力関係者が考えていただろうが、このパリ会議あたりから原子力発電への期待の高まりが一気に表面化するとは誰も想像しなかっただろう。こうした大きなうねり″の中で原子力発電部の仕事をできたことは幸いであった。

―今回帰国し、来年1月に原子力委員(非常勤)就任が決まり、東京大学特任教授の仕事も始められると聞く。IAEAに籍を置いた立場から「日本の原子力」はどのように見えたか、それを踏まえ日本の原子力をどうすべきか抱負を。

尾本 日本を離れて長いこともあり、抱負を語るのは時期尚早。ただ、世界の原子力発電の状況を知る立場にいるIAEA原子力発電部の人間は、私を含め日本の原子力についてはこんな見方をする人が多いように思う。

その第一は、海外から見て日本の原子力は不可解な点が多いこと。日本の原子力技術が世界標準に比べて劣っているとは誰も思っていない。それにもかかわらず、たとえば原子力発電所の稼働率は地震など特殊な要因はあるにせよ60%台に低迷しているうえ、世界で広がっている「出力増強」にも手がついていない。また、第四世代炉技術開発の上で「もんじゅ」や「常陽」は世界の高い期待を担っているのに、その期待通りに動かない。その背景には技術そのものではなく、それを社会が利用する仕組みにも問題があるのではと考え始めているように感じる。日本を離れて長く、国内の具体的な事実を細かく検証せずに述べるのは危険だが、合意形成の仕組み、本質的でないところに拘泥する姿勢、複雑な手続き、責任の所在(オーナーシップと責任感)等もろもろの点で世界の標準的な慣行と違いがあるのではなかろうか。

第二に、IAEAの役割はよく言われる「ウォッチドッグ(核の番人)」としての特殊な任務以外は原子力エネルギー利用の各国の能力を向上させ、規範となる標準を作り「教訓の共有」、「ベストプラクティスの普遍化を図る」ことにある。当初、一部の先進国はそうした活動からはさして学ぶべきものはなく、IAEAの利用価値は低いと考えてきた。しかし今は違う。特に米国ははっきりとIAEA重視に方向転換し、予算増加の方針も明言した。しかし、日本はIAEAの活用と活動への専門家の参加が不十分で、隣国の韓国と比べても見劣りがする。

―「核燃料の国際管理」の進展はどうか。

尾本 2003年のエルバラダイ構想以前にも、国際的枠組み構築の件は昔から多彩な構想が示され、さんざん論議されてきた。多数の途上国が原子力導入を考え、核の闇市場が明るみに出たり、イランなど核開発疑惑がある中で、核不拡散を確保しつつ原子力平和利用を拡大するのは一層重要だとの認識が高まっている。

今回、ロシアの燃料バンク構想についてはIAEA理事会で合意に至ったが、「途上国の技術開発を阻害するかのような発想が核燃料の国際管理にはある」と見る途上国の先進国への不信感は完全には払拭されていないと思う。今後、地球規模で原子力発電グローバル化が進み、資源制約からクローズド・サイクルを考えざるを得ない時代到来の可能性も考慮に入れ、さらに国際合意を積み上げていくことが不可欠な課題だ。

―帰国後の心境は。

尾本 腰を落ち着けてみると、日本の社会は複雑で合理的でないことをあちこちで痛感する。もっとシンプルで合理的な仕組みにして国際競争力を高めることの重要性について、社会的合意を形成していく必要があるのではないか。

(原子力ジャーナリスト 中 英昌)


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