【論人】柳井 俊二 元駐米日本大使(国際海洋法裁判所判事) 北海道とデンマーク国際海洋法裁判所のあるハンブルグによく行くが、週末には、かつてデンマーク領だった近隣のシュレスヴィッヒ・ホルスタイン州や北隣のデンマークにまで時々足を延ばす。北ドイツやデンマークでは、北海道に思いを馳せる。牧場で草を食むホルスタイン牛のせいだろうか。風景や気候が北海道に似ているからだろうか。地理的な位置、地形、降雪量等の違いもあるが、私の頭の中では何となくデンマークと北海道のイメージが重なる。決定的な理由は見当たらないが、最近、感覚的な連想に少し具体的な裏付けをしてみた。 デンマーク本国の面積は約4万3000平方キロメートルで、8万3000平方キロメートルの北海道の半分強しかない。これには、デンマークの自治領で世界最大の島、グリーンランドを含まない。人口は、デンマーク本国約550万人、北海道560万人強で、大体同じだ。為替変動等もあり、正確な経済規模の比較は困難だが、2008年のデンマークの国内総生産(GDP)は約3400億米ドル強、北海道の道内総生産は1900億米ドルに満たない。産業構造の統計的な比較は更に難しいが、デンマークは有数の農畜産物輸出国であり、北海道は日本国内最大の食料供給地域である。デンマークは小国ながら、世界最大のコンテナ船会社であるメルスク社、教育玩具のレゴ、高級オーディオのバング・アンド・オルフセン、陶磁器のロイヤル・コペンハーゲン等大企業や有名ブランドを誇る。北海油田の一部を持つデンマークは、石油、天然ガス、風力等のエネルギーに恵まれている。多くの指標により同国は高福祉国家で、「幸福度」世界一だといわれる。北海道の産業構造については、日本全国平均に比べて第1次産業と第3次産業の比率が高く、第2次産業の割合が低いことが課題となっているようだ。 デンマークの対日輸出の約半分は豚肉だが、日米沖縄返還交渉をしていた頃の豚肉に関する思い出がある。交渉がかなり煮詰まってきたある日、突然駐日デンマーク大使が血相を変えて外務省に飛び込んで来た。沖縄返還の自国への影響が大変心配だという。これには驚いたが、大使の説明によれば、問題はこうだ。米国施政下の沖縄では輸入が完全に自由だったため、デンマークからの豚肉の缶詰、ランチョン・ミートの輸出市場として沖縄が最大の単一市場になっていた。当時のわが国では畜産物の輸入数量が厳しく制限されており、復帰後の沖縄に本土並みの数量制限が課されると、デンマークからのランチョン・ミートの輸出が激減するので、何とかして欲しいという。結局この問題は、沖縄に対する輸入制限適用の影響を緩和する経過措置がとられ、その後畜産物の輸入も自由化されて解決したが、全く想定外の事態だった。 北海道の美しい大自然とおおらかな人情は魅力的だ。魚、肉、乳製品、野菜をはじめ、おいしい物も豊富だ。すばらしい観光資源も多い。加工組立型産業等第2次産業の比率拡大が課題であるが、立地条件の良い工業団地を作って企業誘致も行っている。また、核となる産業の周りに関連産業の結びつきを強めて力強い産業群を形成する「産業クラスター構想」も進めている。 デンマークは、面積では北海道より小さいが、エネルギー資源に恵まれ、27か国、5億人の巨大な自由市場、EUの一員だ。 日本の周辺にEUはないが、北海道の近隣には、今や先進国になった韓国があり、成長著しい巨大市場、中国がある。EUのように高度な経済共同体を北東アジアで形成することは当面無理としても、自由貿易協定や経済連携協定の締結によってより自由で広大な市場を作ることは可能である。 また、北海道には、中国、韓国等近隣諸国にない優れた観光資源もあるので、外国からの観光客増加も期待できる。第2次産業の充実や北海道ブランドの創造も重要だ。素人考えかも知れないが、小さいながらも優れた先進国であるデンマークとの国際比較を通じ、北海道はその豊富な潜在力を生かして今後大きく発展し、デンマークに比肩する経済力と幸福度を手にすることができると確信するようになった。 |
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