【論人】尾本彰 原子力委員、東京大学特任教授 国際展開について思う世界では今、国境に拘らないグローバル化とネットワーク化が進行している。原子力も例外ではない。原子炉供給者の国際的な再編と集約だけでなく、発電事業者も他の国で原子力発電を営み、原子力教育も地域ネットワーク化が活発で、欧州では安全基準の協調が進められ、ベストプラクテイスは世界で共有されるようになった。一方で、国境に拘った資源を巡る国家間の争奪戦と投機による価格変動は、エネルギー・セキュリティ問題への関心を高め70に近い開発途上国の原子力発電導入検討の誘因ともなっている。そうやって生まれた新たな開発途上国市場獲得を巡って供給国間の熾烈な競争が繰り広げられている。 市場競争では、東大国際・産学共同研究センター妹尾教授の書かれた「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」が評判になり、技術だけではなくビジネスモデルと知財マネジメントの重要性が語られるようになった。日本では、世界のニーズへの「想像力」と、「もの」だけでなく使われる「システム」も併せ戦略的に考える習慣も欠けているのかもしれない。 資源も乏しく人材(知恵と努力)と技術力に依存する日本としては、技術はあっても売れないのは実に寒心すべき状態だ。経済問題を歴史学や社会学も交えた視点で見ておられるロンドン大学森嶋教授が「なぜ日本は行き詰まったか」(岩波書店、04年)で憂えておられるように、日本は「活動力がなく、国際的に重要でない国」になりかねないとの危惧も抱く。 今後20年間に建設される発電用原子力プラントの圧倒的多数は既存国で、新規導入の開発途上国での設置数は少数と推定されている。後者では喫緊の課題であるインフラ整備についてわが国が協力できることが沢山ある。これを含め国際展開について以下のことが考えられていいのではと思う。 (1)良い技術をシェアする考え。例えば使われないプルトニウムを抱え込んだ英国の原子力発電回帰の中では日本独自のフルMOX―ABWRは良い選択になり得ないのか。地震国アルメニア、トルコ、ヨルダン、さらにはチリでも検討の計画には日本が苦い経験も通じて得たプラントの耐震設計技術を積極的に提供するのは殆ど責務だろう。 (2)包括的なインフラ整備支援をIAEAと協調して行うこと。新規国の殆どはIAEAのmilestoneガイドに従い段階的な原子力インフラ整備を行っており、今日欲しい原子力の電気を得るのに10〜15年を要するのに悩んでいる。日本は2.35億円の原子力予算をつけてから12年で商業運転を開始した最速の国であることは余り知られていない。 (3)官民、時として政治が、優れたコーディネーションの下でそれぞれの役割分担を明確にしコーディネーションされた迅速な行動をすること。例えば原子力協定締結や他の経済技術分野も併せ相手のニーズに対応すること。 (4)優れた運用システムを技術と一体で考えること。技術は良くてもそれを利用する社会を含めた仕組みづくりをこの国はどうも苦手としているように見える。プラント稼働率がその例である。開発途上国が最近発注よりずっと前の早期に雇う傾向のあるプロジェクトマネジメントのコンサルタントは準備段階の全体をマネージする「システム」が欲しいという声を反映しており、日本の対応が望まれる。 (5)相手国の裾野の広い原子力利用を支援すること。プラントを売れば終わりではない。原子力を支える国内産業育成、放射線の医療や農業分野での利用で国民のQOL向上支援によって、軍事までパッケージにした市場戦略とは違う相手国の国民の支持を得られる日本モデルが考えられて良いだろうと考えるのはナイーブ過ぎるだろうか。 さらに視野を広げれば、(6)過去、国際社会はチェルノブイリ事故を未然に防止できなかった。今後は商業発電炉を利用する国だけでなく供給する国も多様化する。安全条約によるレビューに加え疑問の持たれる設計について国際パネルで評価することも主導すべきであろう。主権尊重の原則はあるが、過去に正の反応度係数をもつ重水炉ではその行方を決めるにあたって、国際社会の意見を受け入れた例がある。最近、仏サルコジ大統領は格付けを提案したが、合意形成は難しく、重要な技術問題につき必要水準を満たしている事を、国際パネルで評価する方が現実的だろう。 長期的には、グローバル化、ネットワーク化の中で積極的な役割を果たす事が重要。一国でハリネズミのように閉じこもらず、経済では成長市場の東アジアで中国・韓国などと共同体を構想し、技術では国籍を問わず先進技術の共同開発・共同歩調を強め、若い人の背を世界に踏み出すように押す(例えば、欧州では履修単位の共通化、他国での1年間の修行を義務化の例がある。国際的な人材育成には投資が必要)という方向が考えられて良いのではと思う。 なお、これは個人の見解で、原子力委員会の意見ではないことをお断りしておく。 |
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