【国家成長戦略 「原子力」を見据える】クレディ・スイス証券 チーフ・マーケット・ストラテジスト 市川 眞一氏に聞く 国際資本市場の「戦法」が変化 原発の運転認可責任は国へ集約を

―市川さんと原子力はどこでつながり、金融・証券エコノミストとしてどう分析しているか。

市川 原子力との『出会い』は3年半前に、中国の第11次5か年計画で環境対策予算が倍増していることに着目、日本企業の中でこの分野でビジネスを拡大する企業があるかを調査したのがきっかけ。詳しく調べてみると、当初思っていた一般的既成概念とはかなり違い、温暖化対策に的を絞った環境問題は優れてエネルギー問題だとおぼろげながら分かってきた。

環境対策には2通りの考え方がある。ひとつは「環境原理主義」で、日本の掲げた「90年比25%削減」はかなりこれに近い。もうひとつは米国のオバマ政権がまさにそうだが、環境対策とは言うものの、その実、主眼はエネルギー確保・化石燃料依存脱却にあり、世界のリーダーの主流の考え方だ。ただ、そのために代替エネルギー開発を政策のメインに据えると既成勢力の反発も予想されるため、表面を『美しいオブラート』に包んだのが環境対策の本質ではないか。

その上で代替エネルギーの現実をよく考察すると、太陽光とか風力は量的問題も含め種々限界があり、原子力のウエートをいかに高めるかが要点になる。また特に環境対策でこれまで間違った点は、「チームマイナス6%」のようにエネルギー需要側からの抑制が前面に立つが効果は限定的で、本格的なCO排出削減には供給側、発電の化石燃料比率を低減しない限り無理だと気付き始めた。すると、日本の場合は原子力を推進せざるを得ないうえ、世界全体もそういう方向へ一気に進みつつあることを思えば、ビジネスチャンスとしても、また一日本人としても「原子力は重要な産業になっていく」と実感した。

―米国発のリーマンショック、また欧州・ギリシャ発の財政危機による金融不安の連鎖反応が危惧される中、新興国への原子力導入支援は頓挫しないか。

市川 リーマンショックで昨年の米国の輸入額が約5500億ドル(約55兆円)減少、つまり世界は『55兆円のビジネス』を失った。また欧州の金融不安が加わり世界情勢が厳しさを増すほど、新しいビジネスチャンスを求めて次の成長の糧はどこにあるか皆が血眼になって探している。そうした中で、新たなビジネスチャンスとしてにわかに台頭してきたのが新興国へのインフラ(社会資本)ビジネスだ。新興国へのインフラ商売相手は民間ではなく当該国政府になるので、売る側も政府を立てる必要がある。

その意味では今、国際資本市場のルールが変わったとは思わないが、戦法がかなり変化してきた。『民間主導から官主導』で新興国にインフラを売れるか否かが、先進国にとってもビジネスチャンスの分かれ道になる。また、インフラのうち新興国が将来的に成長していけるかどうかのカギを握っているのはエネルギーの確保にあり、しかも温暖化対策を考えれば原子力の重要性が一段と増す。

―「オールジャパン体制」で日本が新興国向け原子力プラントビジネスで勝ちきるための条件は。

市川 わが国が新規導入国向けに原発を建設、燃料供給やオペレーション支援を目指していることは的を射ている。しかし一方、9電力、3プラントメーカーに国が『三すくみ』構造の影を引きずっているうえPとBタイプの2炉型があり、誰が戦略を描き全体のとりまとめを行うか極めてあいまいだ。電力会社を中心に検討されている受注窓口会社構想も、責任あるリーダーシップが希薄になりはしないかと危惧する。

また、日本の原子力産業は原子力冬の時代の間、閉じた社会の中で苦労を重ねた結果『守り≠フ体質が染み付き、世界の大きな変化についていけなくなっている。韓国や中国が猛烈なスピードで走っているだけに先行きが懸念される。さらに、国内の原子力稼働率の低さを克服する政策を採らないと海外プロジェクトの受注につながらない。それには原発の運転には地元自治体の合意を条件とする仕組みを作ってきた要因があり、国の責任で認可できるよう国家戦略としてきちっと詰める方向付けをすべきだ。

そこができれば、原子力が次の成長産業になり投資対象としても極めて魅力的になるが、そうでなければ単にプラントを建設しただけで終わり『広がり』のないものとなろう。(編集顧問 中 英昌


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