【論人】金氏 顯 原子力学会シニアネットワーク代表幹事(三菱重工業褐ウ常務取締役) 遥かなるアコンカグア山

アジア大陸には7000メートル〜8000メートル級の高山がヒマラヤをはじめたくさんあるのは周知のことだが、その他の6大陸で最も高い山は南米大陸のアコンカグア6962メートルであることは意外と知られてない。アコンカグアはアンデス山脈のチリ国境に近いアルゼンチンにあり、南半球の南緯32度に位置して、日本から最も遠い7大陸最高峰である。

筆者は大学時代は山岳部に属し、社会人になってからも暇を見つけては日本百名山など国内の山々を登った。2004年に役員を退任し、時間に縛られる会社生活から解放され、翌05年にはカラコルム山脈バルトロ氷河をトレッキングし、標高4800メートルまで達し、K2(8611メートル)を仰ぎ見、06年にはアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ5985メートルを登頂した。そして、07年にはアコンカグアを目指したが、頂上まであと550メートルの地点で撤退を余儀なくされた。以下は、その撤退に至った経緯である。

2月2日に成田を発って、5日から登り始め、アルゼンチン人の優秀なガイドに恵まれ、予定した高度順化プログラムに沿って、高度を上げた。しかし、予定外の天候悪化等で数日費やし、最後のキャンプ(標高5900メートル)に到達したのは2月18日、日程の余裕は全く無くなっていた。

翌19日、Dディ、頂上アタックである。早朝まだうす暗い中、靴にアイゼンを固定するバンドが止め輪にうまく入らない。そこで手袋を脱ぎ、素手になって約5分やっとバンドを固定できた。これが酷い凍傷になるとは予想しなかった。

高度6000メートルなので血液中の酸素循環は非常に悪い、天候急変で強風、体感温度はマイナス40℃にも達し、急速に蓄積する疲労と闘いながら、4時間かかって避難小屋跡に達した。高度計は6395メートル、ここから頂上往復は10時間以上かかる。天候悪化と手指の感覚が戻らないので撤退を決意し、約2000メートルを一気に降って、ベースキャンプ4300メートルに着いた時はすっかり暗くなっていた。

10本の手指の先は黒ずみ激しい痛みに襲われた。駐在医師からは、何本かは第1関節から切断しなければならないだろうと診断された。

22日にサンチャゴで応急措置し、24日帰国。約3か月間で手指の爪10本全て生え換わり、削げた指肉も盛り上がり、約半年でほぼ元に戻り、山登りも再開することができた。優秀なガイドと周到なアルゼンチン山岳警備隊のお陰で、手指の切断は免れることができた。

山登りを趣味としない人達は、何で苦労して危険を冒してまで高い山に登るのか、と問うが、四季折々の自然に満たされた山を歩く喜び、そして一歩ずつ足を進めて頂きに到達した時の満足感は何物にも代えがたい。特に雪や氷河を戴く高い山々は格別である。

しかし、赤道直下のキリマンジャロ頂上の氷河は消滅しつつあり、カラコルム山脈でもアンデス山脈でも氷河が大きく後退しているのを自分の目で観察した。地球規模で温暖化が進み、自然の異変が拡大しているのは確実であろう。

筆者は、地球温暖化要因として人為的二酸化炭素排出説には科学的に疑問が多く、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の信頼性も大いに問題があり、自然変動説の方がより正しいであろうと思っている。

しかし、自然変動要因であるとすれば人類には成す術もないが、もし人為的二酸化炭素要因説の可能性があるのなら、予防的な二酸化炭素削減対策には賛成である。そう思えば、我々原子力シニアのライフワークとして取り組んでいる次世代への原子力の技術と気概の伝承、また一般市民への理解促進などの草の根的活動は、ひいては世界の素晴らしい山々と自然を守るためにもなり、ますます熱意が入る。

そして、またいつの日か南米を旅行し、永遠に氷河を戴く、遥かなるアコンカグアに再会したいものだと夢想している今日この頃である。


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