【原子力発電「人材育成の息吹」(3)】− 国内編 − 原子力教育ルネサンス(1) 東京大学の人材育成 − 上坂充教授に聞く − 世界の教育競争にいどむ 英訳原子力教科書でブランド化

東京大学大学院の原子力分野には、実務に特化した「原子力専攻(専門職大学院)」と研究中心の「原子力国際専攻」がある。

茨城県東海村にある「原子力専攻」は、原子力産業界や安全規制行政において指導的役割を果たす原子力専門家を養成する日本初の「原子力専門職大学院」である。所定の成績で修了すれば国家資格である「原子炉主任技術者」「核燃料取扱主任者」の試験において法令以外の科目が免除になり、資格取得に効果的なプログラムとなっている。特に試験で難関とされる原子炉物理、原子力熱流動工学、原子力構造工学などは座学だけでは習得が難しいものもあり、実習時間を十分にとって原子力のプロを養成していく。その結果、この2つの資格の合格者半分程度がここの卒業生になっている。学んでいるのは主に社会人として電力会社やプラントメーカーなどで実務に携わった経験のある人で、日本原子力研究開発機構の協力のもと、1年間集中して専門的な知識と経験を身につけていく。定員は15名と少数だが、卒業生はもうすぐ100名を超え、卒業生同士の人材ネットワークもできている。

一方、「原子力国際専攻」では、「原子力安全・エネルギー」、「原子力と人・社会」、「放射線と先端科学」など原子力の基盤となる知識を学ぶほか、大型施設の利用・見学や国内外インターン等の体験型学習、各分野の発展科目、英語による講義などを通して実践力を身につけていく。原子力ルネッサンスで注目度もあり、原子力の必要性も見直されている時代なので人気は高い。

学部においては、10年ほど前の学科再編により、原子力工学およびシステム工学や環境海洋工学など狭義の分野でなく広い分野で学生を確保していく方針となった。原子力分野は現在、システム創成学科でカバーしている。狭義の専門的な講義はやや抑える一方で基礎基盤はしっかりと教育し、午後はプロジェクトと呼ばれる1人の先生に2〜3人の少人数の学生で演習を行うスタイルで、答えが1つに決まっていないような課題をみんなで議論していく。

ある分野に集中した知識よりどこでも対応できるような力を身につけていくこのやり方はかなり成功しており、工学部の中でも学生の人気の高い学科になっている。ただし、博士課程への進学率が下がってきており、将来の研究者や教員候補が減ってしまうことのないよう、再度、専門性を高めた教科づくりへの議論も出ている。

原子力発電所をはじめ、市場が日本のみならず世界になっており、大学にもグローバル化への対応が求められている。文部科学省も教育のバイリンガル化を推進しており、東京大学でも日本人学生に対しても英語で教育を行い、留学生もそのまま授業を受けられる講義をめざして、大学院の講義7割、学部の講義3割を英語にしようという動きがある。すでに大学院は昔から留学生が多く、7割以上は日本語ではないし、私の講義は全て英語で行っている。学部でも各学年各学期少なくとも一つは英語の講義として、講義は英語で行っても日本語で行ってもよいが、教材は世界の技術者および科学者のスタンダードであるティモシェンコ、ランダウ=リフシッツ、キッテル等の英語の教科書を使うバイリンガル講義を始めている。外国人教師が英語で教えることも、日本人教師が英語で教えることもある。

11年10月入学からのより本格的な留学生受け入れをめざし、そのためのパイロット講義をすでにこの10月から始めている。アジア、アフリカ、中東の電気工学や機械工学専攻の学生たちを1年で原子力工学の専門家に育てるプログラムに対応できる可能性がある。

また、原子力の教科書作りにも取り組んでおり、全16巻の教科書のうち、現在8巻が出版されている。原子力関係の教科書改訂は実に30年ぶりで、英訳版についても海外の出版社との交渉がまとまりつつある。さらにこの教科書シリーズを、国際原子力機関(IAEA)も認定する、世界のスタンダード原子力専門書としての出版をめざしている。

なお、世界中からコンテンツを学べるEラーニングシステムも1年以内に公開できるよう整備を進めている。

来年にも原子力専門機関を開講する韓国、モスクワ物理工科大学を中心に原子力大学を開講するロシア、ヨーロッパ中の原子力専門家を育成するENEN(Europe Nuclear Education Network)など、世界各国で人材育成の競争が進む中、日本もスピード感を持って原子力の人材育成に貢献していく。

また、ENENはフランスの民間企業2社から、韓国の養成機関も韓国電力から強力なバックアップを受けて進めており、技術者育成を東京大学だけでやるのが適しているのかは議論の余地がある。

他大学やIAEA、産業界とどういうかたちで進めていくべきか議論を深め、教育内容に関しては、大学が先導してモデルを提示していきたい。(中村真紀子記者)


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