「原子力の日」記念 第42回高校生小論文 私たちの主張−原子力を考える【日本原子力研究開発機構理事長賞】瀧川学園滝川第二高等学校(兵庫県)3年 難波 渚 未来へ 昨年の6月、西神戸医療センターに入院する母を見舞った。術後3日目、早朝にバルーンの管が抜かれ、「少しだけ自由の身になった」と言いつつも母の左腕は500ccの点滴と、背中には痛み止めの麻酔のチューブがあった。この麻酔のお陰で、下腹部の傷口の痛みが緩和されるそうだが、血圧が低下していたのかぐったりとしていた。 膵臓ガンで父親を亡くしている母は、ガンの2文字に異様なまでにナーバスである。そんな母が検診でMRIを撮り、医師から「子宮筋腫ですね。真ん中に大きい筋腫と、小さいのがあちこちにあって、筋腫の位置が悪いから生理も辛いはず。それと、卵巣のう腫」と告げられたのは、2月の下旬だった。子宮と卵巣。どちらも女性にとっては命を育む大切な臓器である。子宮を切除すること以上に女性は卵巣に対する思いが強いらしい。医師が「予後が悪いので全摘を」と勧めても大半の女性が「残して下さい」と懇願する患者さんが多い中、悪性腫瘍と宣告されたわけではないのに、母は迷うことなく2つの臓器の摘出を選択した。 8階にある婦人科病棟。窓からは明石海峡大橋が見えた。4人部屋の広い空間での病院独特の匂いも、冷たさも感じなかったが、それぞれのベッドでは命懸けで闘う女性たちの姿があった。外来の診察室しか知らなかった私にとってその光景は凄まじく、生きることへの強い意志、それを支える家族の愛情、医療現場の今日を学ぶ機会を与えてくれたのだった。 術後5日目。母はシャワーを許可された。腹腔鏡手術の傷跡はわずか数ミリが3か所だった。同じ日に入院し、開腹手術で子宮筋腫を切除した患者さんは、腹部を痛そうに押さえ背中を丸めて歩いていた。執刀する医師にとっては、開腹手術の方が短時間で済むが、患者の術後の肉体的負担は比較にならない。隣の病室で「ガンだけど手術しないの」と言う、40代前半の女性は化学療法を選択していた。身体にメスを入れていないため、入浴に制限はないが「食欲がない」と強い倦怠感を訴えていた。 今まで原子力=被ばく、悪のイメージしか持っていなかった。母が入院して初めて医療現場の『今』を知った。 日本は高齢化社会を迎えた。日本人の寿命は延びたが、ガンになる人も増えた。昔、ガンの宣告は死を意味していた。しかし、医学の進歩で治せる時代になった。早期発見、早期治療、ガンに対して医師たちが丸っきり頭を抱える時代ではなくなった。 まずは病巣を切り取る外科療法と、抗ガン剤でガン細胞の増殖を抑える化学療法。そして、これからのガン治療で最も注目されているのが、切らずに治す粒子線治療である。 外科的治療は根治性が高いとされるが機能の欠損が大きく、患者の年齢や合併症を十分に考慮しなければならないうえに、適応に制限がある。 化学療法も遠隔性転移のあるガンや、白血病、全身転移に適応しているが、強い放射線を短時間照射するためにガン細胞だけでなく正常な細胞も攻撃する。すなわち副作用が強く、根治性が低いとされている。 放射線治療として主に使用されているのは、エックス線、ガンマ線などの光子線(電磁波)、電子線および陽子線、炭素イオン線、中性子線などの粒子線がある。 厚生労働省が2003年『重粒子線治療』を高度先端医療に承認した。一般のガン患者への解禁である。頭頚部、骨軟部腫瘍、肺ガン、前立腺ガン。翌年に直腸ガンの術後の局所再発、メラノーマ等が加わっていった。臨床試験の結果、この重粒子線治療がガン細胞への攻撃能力が一番優れていることが数字で証明されたのである。効果が大きく副作用が少ないことが立証された。患者にとっては有難く喜ばしいことである。 「ガンです」と告知されたら医師から十分な説明を受け、そして患者さんや家族は、納得して治療に取り組む。これがインフォームドコンセントである。 ガンが発生した部位や、発見された時期によって治療の選択肢は大きく異なり生存率も変わるからである。 ガン治療のパイオニアが容認されるまで、どれほど多くの医療従事者が携わってきたであろうか。医学界とは特異な世界で、成功して当たり前と見られ、ミスは容赦なくバッシングされる。1つの新薬がこの世に出るまで研究と失敗を繰り返しながら長い年月を必要とする。放射線治療についても同じことが言える。医師、放射線技師だけではなく、機械の開発など多くの人々の血と涙と汗の結晶だと言える。「1つでも多くの命を救いたい」、ただ、それだけなのだ。 しかし、諸手を挙げて喜べないのは、かなりの高額治療になる点である。粒子線治療費(288万3000円)は自費扱いで保険適用外になる。効果の高い粒子線治療を受けたいと願っていても、経済的理由で断念せざるを得ない患者も多くいることである。そしてどこの病院でも治療を受けられるわけではない。 医療は変革期を迎えている。薬剤師は薬だけを調合している時代ではない。入院患者の病室に来て薬の説明をする。麻酔医も手術前日にどんな麻酔を使い、どうなるか説明する。ガンと向き合う患者さんに放射線技師も深く関わっていく時代だと、私は思う。 以前、知り合いの外科医に「ガンの特効薬を開発したらノーベル賞だよ」と冗談交じりに言われたことがある。ガンは治る時代だ。その新しい時代を切り拓いていくのは、粒子線治療だと言えるだろう。 |
お問い合わせは、情報・コミュニケーション部(03-6812-7103)まで |