【論人】 田畑 米穂 元原子力委員、東大名誉教授 先進性を生かし、創造により活路を

昨今は、政治、経済、社会的に不安定で閉塞感に満たされ、未来が不透明で明るさのない世相である。その中で、昨年の明るいニュースの1つは、日本人2名のノーベル化学賞の受賞であろう。根岸英一君は、東大工学部応用化学科・祖父江研究室の出身で、1956年、私が講師になって最初に受け持った57年度の卒論生であることは、偶然の結果とも言えるが、大変光栄に思っている。卒業論文は、「イオン交換性リン酸セルロース(糖類)の研究」で、筆者の手元にある。グルコース(糖)を構成単位とする天然のセルロースが基本にあり、先代の厚木先生よりの伝統的な一連の研究テーマである。根岸教授は、COを原料とするアルコールや糖類の人工光合成を究極的な研究テーマとすることを提案している。

エネルギー、資源、環境、医療、少子高齢化は当面する重要課題である。我が国は過去に貴重な経験と開拓、課題解決の実績をもっており、世界に貢献できる。率先して実行に移すべきである。

先進分野のうち、次の3つの話題をとりあげる。

海水よりのウランなどの資源の取得

海水より採取する試みは、1964年頃より、英国で始められているが、実質的な研究開発は、我が国において行われている。放射線を利用して得られた織布を用いて、ウランおよびバナジウムを海水中から、吸着によって採取している。実用化の見通しが得られており、今後、世界的な規模の原子力発電の需要をまかなうのに、大きな役割を果たす可能性がある。並行して採取出来るバナジウムは、貴重な稀少金属資源であり、ウラン資源のコストダウンにつながる。

COの削減による温暖化防止

COによる温暖化防止が、喫緊な課題である。化石燃料の使用量を最小限に抑えることであり、原子力発電や代替エネルギーである太陽光、風力、潮力、地熱およびバイオ燃料の利用が有効である。

発生COの永久(?)貯蔵も考えられている。COの貯蔵は個人的には一時的な応急処置と思っており、COの環境問題処理としてはいささか疑問がないわけではない。

最終的な処理方法としては、COを原料とした化学反応で、燃料にするか、有用物質に合成するかのどちらかの方法と思っている。この先駆的な仕事は、東大工学部井上名誉教授らによる、1968年に成功したCOとエポキシによる高分子の合成である。このポリマーの実用化の試みが長期にわたって試みられたが、得られたポリマーの特性から、困難であった。

最近になって、中国でパイロットプラントに引き続いて2008年に生産プラントが建設され、稼働している。生産規模は地球規模のCOの発生量に比較して微々たるものであるが、COが化学反応によって、人類に有用な物質に変えられたことに大きな意義があると思っている。

最近、根岸英一教授により、COを原料とする人工光合成の試みが提案され、夢がふくらんでいる。糖の合成については複数の不斉炭素が含まれており、困難さが指摘されているが、夢は大きく、高くもてという同教授の提案には大いに賛成である。

放射線の医療への利用

放射線・放射能発見後、最初の応用は医学利用である。

日本でイオン粒子線によるがん治療の研究が活発に行われ、世界最初の重粒子のがん治療の専用加速器の設備が、放医研に完成したことはよく知られている。既に5000名を越える患者の治療を行った実績がある。我が国では3施設が、既に治療を行っており、内外で施設の建設が進められている。

一方、高出力レーザーより発生するイオンビームをがんの治療に使う試みが、日本原子力開発研究機構の関西研究所を中心に行われている。新しい放射線源であり、田島前関西研所長とDowsonによって、1979年に理論的に提案されたものであり、歴史上初めての日本人発の新しい放射線源と言える。その最初の実用化の試みとして、がん治療に使われようとしている。たとえ時間がかかっても是非完成させたいものである。

いくつかの分野で、我が国が先進技術を有しており、また将来に向かって創造的活動を行い、新しい道を開拓しつつある。国内のみならず、世界のために、貢献し得る先進的な技術は数多い。技術立国として、大いに自信をもって、今日の閉塞感に満ちた世相を打破して、明るい未来を信じて前進すべきではなかろうか。


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