【論人】 石田 寛人 金沢学院大学名誉学長、原子力安全技術センター会長 人間の営み

さる3月11日午後発生した東北地方太平洋沖地震いわゆる東北関東大震災によって、これまでの報道によれば、8400人を超える方々の命が失われ、2700人以上の方が負傷され、実に多くの方々が被災された。行方不明の方は、1万2000人以上にのぼると報じられている。亡くなられた方々に対しては、ただただご冥福をお祈り申し上げる。時間の経過とともに生存率が下がるとされる行方不明の方々も、このほど救出された女性とお孫さんのように、1人でも多く生還されることをひたすら期待する。負傷、被災された方々には、心からお見舞いの言葉を捧げ、肉親を失われた方々には、深くお悔やみを申し上げる。

この地震がもたらした想像を絶する津波のため、冷却系統の機能を失った東京電力福島第一原子力発電所は、原子燃料の一部が毀損して、水素爆発が起こり、放射性物質が環境に放出されるという危機的事態に陥った。敷地周辺や近隣都県の放射線レベルが上がり、地域にお住まいの多数の方々が避難された。農産物からは基準値を超える放射性物質が検出されている。また、電力不足から、計画停電が行われるに至った。

私は、原子力関係者の気持ちを代弁できるような立場には毛頭ないが、揺籃期の原子力工学科に学び、原子力行政にかかわり、今も、原子力安全の末端の仕事をしている者の1人として、事故によって大変なご迷惑をおかけしている多くの方々に対し、少しでもお役に立ちたいと、祈りにも似た気持ちを抱いている。また、この難局を打開するために、懸命に事故の対応や復旧の作業に取り組まれている多くの企業や団体や官庁の極めて多数の方々の必死の努力に深く深く感謝している。特に、放射線量率の高い現場で放水による冷却作業などに決死の覚悟で臨まれている東京消防庁や自衛隊や警察の方々の活動には、感動を込めて両手を合わせ、拝むような心で報道映像を見つめており、各種の現場作業に携わる東京電力や関係会社の方々も、極めて厳しい環境下で必死に任務を遂行しておられることを肝に銘じている。さらに、広く国内全般や外国から寄せられる厚いご支援に深謝している。

繰り返し放送される地震と津波の映像を見ると、人間の日々の営みに比べて、自然の力や地球の活動の規模がとてつもなく大きいことを改めて痛感させられる。人間に、生きて行動する空間、憩いとやすらぎの場を与えてくれる地球に対して、我々は、母に対するのと同じような思いを抱いている。このような気持ちを堅持して、地球環境の持続可能性を追求し、それに向かって行動することは、人間の高い精神的到達点を示すものであると思う。しかし、地球は、そんな人間の気持ちを超えて、自然の法則に従って運行を続ける。時に人間の活動を寸断、破壊し、人命を奪う。

我々は、地球に比べれば、実に小さい存在ではあるものの、その歩みの足跡は限りなく重い。地球上に生命が誕生してから気の遠くなるような長い時間の後に、地上に繁栄したのは恐竜であった。彼らは、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀にわたって、主役交代を繰り返しながら巨大な体を発達させて生存を続け、巨大隕石が地球に衝突して中生代が終わる6500万年前に滅びた。人間は、恐竜のような巨大な身体の代わりに、すばらしい頭脳を発達させて、恐竜以上の繁栄を享受するに至った生き物である。人類は、その頭脳で、火や道具を用い、文明を形成し、社会を構築して、今日までの歩みを続けてきた。現代に生きる我々は、なお、その歩みを先に進めようとしている。

我々は、時に、昔はよかったと思いたがったり、いにしえに戻りたいと言いたくなることがある。確かに我々の先人達は偉大であった。しかし、先人の大きな働きがあったからこそ今がある。私は、そんな現在こそが人類の到達した最高点であると信じている。これから先、さらに輝かしい未来が開けていくであろう。我々が温かい心と強靱な精神を育みながら、大きな頭脳を存分に活用すれば。

今、極めて大勢の関係者は、大震災の現場から、救出、復旧、復興の歩みを着実に進めるとともに、この福島第一原子力発電所の未曾有の事故を収束させる道を見い出すべく最大限の努力をしている。これから、原子力という総合技術に対して、改めて正面から向き合い、その今後の取り扱い方を冷静に探ることが求められる。そして、人間がまだまだ知るところの少ない自然の法則をさらに深く探究するように全力を挙げ、それにもとづいて経済社会活動を展開すべく努めなければならないと信じている。このような活動のために、私も微力を捧げたい。


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