「線量基準に理解を」 日本学術会議 国民の混乱を憂慮し声明 「最も厳しいレベル採用」と強調

日本を代表する科学者の組織である日本学術会議(金澤一郎会長)は17日、福島第一原子力発電所事故による放射線影響について、科学者の間からさまざまな意見が出されていることによって、国民が戸惑っていることを憂慮しているとして、「放射線防護の対策を正しく理解するために」と題する会長談話を発表した。

談話では、国際放射線防護委員会(ICRP)が事故直後の3月21日に日本に向けて発した声明(=下段に同訳)について、「その内容が十分に理解されていない状況が続いている」と危惧し、「国民の皆さんの理解が進むことを願って、改めて見解を出すことにした」としている。

会長談話では、ICRPが定めた放射線防護の考え方は、多くの科学者の異なった意見を取りまとめたものであり、これまで世界各国で採用され、日本政府もこれによって施策を進めている、として、世界で最も権威ある放射線防護の基準を提案し、各国が国内規制に取り入れていることを紹介。

放射線の健康に対する影響については、@白血球の減少や脱毛のような「しきい値」と呼ばれる線量を超える放射線を受けたときだけ現れて、しきい値以下では影響が出ない「確定的影響」と、Aしきい値が存在せず線量に比例してがんの確率が増える「確率的影響」とがあることを説明し、今回の漏出した放射性物質による一般の人々の被ばくは、このうち、しきい値がない「確率的影響」に関するものだ、としている。

具体的には、積算被ばく線量が1000ミリシーベルト(mSv)当り、がん発生の確率が5%程度増加することが分かっているとして、100mSv では0.5%程度の増加と想定され、これは10万人規模の疫学調査によっては確認できない程小さなものだと、解説している。

ちなみに国立がん研究センターの「多目的コホート研究」によれば、100mSv以下の放射線により増加するがんの確率は、受動喫煙や野菜摂取不足によるがんの増加より小さいとされている、と説明。

ICRPの防護基準は、次の3つの原則に基づいており、第一に、医療や事故における救助作業のように、個人あるいは社会の利益が放射線の被害を上回るときにだけ被ばくが正当化されること、第二に、今回のような緊急事態に対応する場合には、一方で基準の設定によって防止できる被害と、他方でそのことによって生じる他の不利益(たとえば大量の集団避難による不利益、その過程で生じる心身の健康被害等)の両者を勘案して、リスクの総和が最も小さくなるように最適化した防護の基準をたてること、そして、第三に、平時の場合であれ、緊急時の場合であれ、個人の被ばくする線量には限度を設定すること、の3つ。

このように、ICRPの考え方によれば、健康を守るためには被ばく線量は低い方がいいことは当然としても、被ばく線量の限度を低く設定すると、そのことにより他のデメリットが生じることがあり、これらを相互に比較して、最適な防護が得られるようにすべきだということを強調している。

緊急時には、単に線量を最低にすることではなく、さまざまな要因を考慮して、合理的に達成できる限り被ばく線量を低く保つことが必要だ、と解説している。

平常時には、私たち(日本人)は誰でも1年間に平均1.5mSv(世界平均は2.4mSv)の宇宙線やもともと土壌や体内に存在する自然放射線を浴びており、ICRPは、これに加えて浴びる産業用などの人為起源の放射線の限度として、年間1mSvという線量限度を決めている。X線やCT検査など医療目的の放射線については、医療用の放射線を被ばくする患者自身が受ける健康上のメリットが、そのデメリットよりも大きいので、この線量限度は適用されない。逆に、子どもや妊婦には特別な配慮が必要だと付け加えている。

一方、今回のような放射性物質による環境汚染が発生した場合にも、年間1mSvという平常時の線量基準を維持するとすれば、おびただしい数の人が避難しなければならないことになり、かえって避難者の多くにそのことによる身体や心の健康被害などが発生する危険性があると指摘している。

そこで、ICRPは今回のような緊急事態では、年間20mSv〜100mSvの間に適切な基準を設定して防護対策を講ずるよう勧告しており、これを受けて、日本政府は最も低い年間20mSvという基準を設定した。

これは、緊急時に一般の人々を防護するための考え方であり、長期間続けることを前提にしたものではなく、原発からの放射性物質の漏出が止まった後に放射能が残存する状態を「現存被ばく状況」と呼ぶが、そのような状況になったときには、人々がその土地で暮らしていくための目安として、年間1mSv〜20mSvの間に基準を設定して防護の最適化を実施し、さらにこれを年間1mSvに近づけていくことをICRPは勧告している、としている。そして会長談話では、福島県の一部の地域では既にそのような努力が始まっている、と述べている。

最後に、日本学術会議は、「日本の放射線防護の基準が国際的に共通の考え方を示すICRPの勧告に従いつつ、国民の健康を守るためのもっとも厳しいレベルを採用していることを、国民の皆さんに理解していただくことを心から願っている」と訴えている。


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