ドイツ脱原発の本質は石炭火力への回帰(2) 木口 壮一郎(ジャーナリスト)

30年前の国民投票で脱原発を決めたものの、新エネルギーを今もって戦力化できないスウェーデンや、再生可能エネルギー促進政策の費用対効果が低調に終わっているドイツの取り組みを反面教師に、日本国も謙虚に学ぶ必要がある。

自然エネルギー促進の国家実験は、欧州諸国ではすでに一巡しているのだ。

〈外国の原子力発電への依存?〉

この実態をよくわかったうえでの次の議論として、ドイツは所詮、「原子力廃止の穴を代替電源で埋められず、結局フランスなどの原子力発電電力を輸入せざるをえなくなる」との冷ややかな見方もわが国に根強い。

「身近に原発があるのは嫌だが、遠くの国で原子力をやってくれるならオーケーだ」というドイツ人の本音は、「究極のエゴイズムであり偽善だ」というわけである。これは一見、かなり本質を突いた批判のように思われる。

現在、欧州域内電力市場は自由化されている。わが国と違って、さまざまな国から電力融通が可能である。しかし、欧州一の経済大国が電力輸入国に大幅に転じれば、電力を売って儲かる国がある一方、電力価格が高騰して困る国が南欧や東欧で続出するのも必至である。

「ドイツ人は人の迷惑を考えないのか」というわけだ。この説も説得力があり、確かに将来、そういう事態に陥る可能性は大きい。

しかし、当のドイツ政府は、新政策のなかで電力輸入を掲げていない。もちろん短期的、一時的に電力輸入に頼る場面もあろう。しかし、それは欧州各国が常日頃やっていることであり、目くじらを立てるほどのことでもない。

そうではなくドイツは、中・長期的な政策として、外国からの電力輸入など最初から想定していないのだ。「結局フランスの原子力に頼るだろう」という見方は、少々先回りしすぎている。

〈石炭火力への大胆すぎる回帰〉

ではなぜドイツは、自信満々に脱原発を打ち出せるのか。そのナゾは、前出の政策文書のなかでただ1か所、全体からみれば非常に違和感のある項目(第23番)に隠されている。それは、今後の火力発電計画を述べた次の部分である。

「現在建設中の火力発電所を2013年までに迅速に完成させることが、絶対に不可欠である。追加の供給安定策として、すでに建設中のガス・石炭火力発電所に加え、最大1000万kWの安定した発電設備容量を2020年までに追加建設する」。

今年から、ここに言及されている2013年までに、幸運なことにドイツは、新規火力発電所の大規模な運開ラッシュを迎える。現在建設中の石炭褐炭火力発電所で、同年までに運転開始予定のものは、少なくとも10か所以上のサイト、じつに総出力1000万kW超にものぼる。

なお、天然ガス火力の新規運開分はその10分の1程度にすぎず、戦力として期待できない。「ドイツは今後、天然ガス中心になるので、ロシア依存が深まる」との見方も、実態を十分捉えていない。ドイツはロシアに頼ろうとは思っていない。

以上のように、老朽化した設備の建替え分を考慮してもドイツの新規設備容量は、今年強制停止させられた原子炉8基(合計約880万kW)の穴を埋めて余りある。

しかも、2020年までに、さらに1000万kWの発電設備容量(ガス火力や風力等含む)を増設して、石炭褐炭火力を大黒柱に、総勢2000万kW体制で乗り切るというのが、今回の「脱原発」政策のカラクリだ。

ドイツの原子炉全17基の総出力は約2150万kWなので、火力増設分と原子力退役分の設備容量の収支はぴったり辻褄が合う。これならドイツの「脱原子力」政策は少しも夢物語ではないし、うまくいけば電力輸入さえ必要なくなる。

確かに二酸化炭素排出量は大幅に増えるだろうが、産業界への経済的打撃は最小限ですむ。

ドイツの2010年の火力発電比率は、石炭褐炭火力42.4%、天然ガス火力13.6%、石油火力1.2%で、計約57%である(前号掲載の図参照)。

石炭褐炭の国産率は現在、3分の1程度であるが、可採埋蔵量が豊富なことから、急場でそれに頼ろうとするのは自然な流れである。十分な国産資源あってこその脱原発なのだ。電源選択にあたって今後最も重要になる点は、CO2フリーかどうかよりも、国の安全保障を確保できるかどうかである。

それでもドイツ人は、原子力を自然エネルギーで代替していくかのようなイメージを国際社会に広めて、ファンを増やしている。ドイツという国は昔から、国際的なイメージ操作に長けている。

ただ、この狡猾な戦略がうまくいくかどうかはきわめて疑わしい。頼みの綱の石炭褐炭火力は近年、環境保護団体から「気候の殺し屋」などと嫌われ、激しい反対運動の標的になっているからである。すでにかなりの数の火力発電計画が、反対派の抵抗で頓挫させられている。

火力増設計画は今後も、パブリック・アクセプタンスの観点から困難に直面するだろう。原子力再開計画をドイツ政府や議会が再検討する機運が訪れるとすれば、まずはこの局面である。それは、それほど遠くない時期にやって来るに違いない。

(終わり)


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