世界の若者に福島事故情報を発信 世界原子力大学(WNU)夏季研修に参加して

世界原子力大学(WNU)の第7回夏季研修(SI)が、今年も7月9日から8月20日までの6週間、英国ロンドン郊外のオックスフォード大学で開催された。

原子力を推進している国、これから推進しようとする国など、世界中から組織や個人的に原子力に強い関心をもっている若者達が、6週間にわたって、同じ宿舎で寝起きを共にし、原子力について知識を共有し、議論し、互いの立場や専門性、お国柄を超えて信頼を築いていく、そんな貴重な経験を積む場がWNU夏季研修の特徴だ。

今年も32か国・地域から78人が参加した。平均年齢は約31歳、所属は研究所、規制機関、メーカー、電力会社など、職種もエンジニア、運転員、検査官、弁護士などさまざまだ。男性が77%、女性が23%だった。

研修内容は、その分野の著名人の講演、気候変動から各国の原子力政策、次世代炉開発、核不拡散、放射線利用、法律、経済性、パブリック・コミュニケーションなど多岐にわたる講義、模擬記者会見やプラント商談でのプレゼンテーションの仕方、英国の原子力発電所や燃料工場の原子力施設の見学などからなる。

それに今年は急遽、「フクシマ事故」がテーマに加わった。日本からは、日本原子力産業協会の向坊隆記念国際人育成事業として当初5名を派遣する予定だったものが、3月の福島原子力事故を受けて東京電力からの2名が参加を取り止めた。

参加したのは川久保陽子・日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術開発室、後藤弘行・関西電力原子力事業本部放射線管理グループ、三宅基寛・日立GEニュークリア・エナジー社原子力プラント部プラント設計グループ技師の3氏。

10月5日には、東京の原産協会の会議室で3人の報告会が開かれ、貴重な体験が語られた。

3人が夏季研修に参加して最も意を注いだのは、「フクシマ事故」をこれから各国でリーダーとなっていくであろう世界の若者に正確に伝えること、議論を進める上でのリーダーシップの取り方、そして議論を通じた人と人との信頼感の醸成、そしてこれからも長く関係を続けることのできる友情・人脈の確保。中には国と国とが緊張関係にある国同士からの参加者もいる。

これらは皆、英語をネイティブとする参加者が比較的多いイングリッシュ・シャワーの中で、行わなければならない。

長年、夏期研修で若者達を指導するシニア・アドバイザー(メンター)を務めてきた原産協会国際部の小西俊雄氏も、特に今年は、「フクシマ事故」の取扱いに気を使った。自ら「フクシマ・セッション」を企画し、講義するだけでなく、参加者が小グループに分かれて各講義で示された特定のテーマについて議論し、論点をまとめていく過程などでもさまざまな助言や手助けを行い、議論を促し、考えを収束させる方向に導く。ただ、特定の方向や結論に導くことはせず、あくまで若者達自身が自由に議論し、結論を導くための、“黒子”に徹する。

期間中、いつもながら「8.6原爆の日」もやってくる。核兵器保有国からの参加者がいる中で、核不拡散問題も論じられる。そして、広島・長崎の原爆被災の状況も、日本の参加者は否応なく聞かれる立場となる。時には非核兵器国として世界で唯一、燃料サイクル政策を取ることを確保している日本の立場を説明しなければならない局面もある。

「フクシマ・セッション」では、3人も個別に自分の体験談を話した。

一番慌てたのは、日本にいるときから発表を準備していた日本の原子力政策についてだ。発表数日前に、当時の菅直人首相が「脱原発依存」の方針を発表したからだ。当然、各国の参加者からは注目を浴び、さまざまな質問が浴びせられたという。

彼ら3人が夏季研修を通じて得た特に印象に残った議論や意見としては、次のようなものを挙げている。

▽福島事故報告では、当時の体験を追体験できた。

▽被曝による死者は出ていないとニュース等では繰り返し言っているが、事故でたくさんの人が避難生活を余儀なくされていることを肝に銘じなければならない。

▽原子力に携わる者として、ボランティアに携わり、避難民と直接に会話できたことはいい体験だったのではないか。

▽自国も地震国であり、自分にできるサポートは何でもしたい。今後も是非、連絡を取り合いたい。

▽自国も地震国であり、日本での経験を活かしていきたい。

▽日常生活で恐怖に直面している(と感じている)人間にとっては、「イメージアップのための映像」は意味をなさない。リスクをどう伝えるのかという視点が大切。

▽今回の事故で、自分の生活が脅かされていると感じている人達は必死に勉強しようとしている。科学不信の中でも、専門家が伝えること、教育することを放棄すべきではない。

▽議論を自ら引っ張るのもリーダーシップなら、一歩引いて、皆が発言するようにもっていくのもリーダーシップ。

▽「最善の努力」は、必ずしも十分を意味しない。他の文化を学び、取り入れる態度が重要。

▽「安全への努力+ゼロでないリスクの受容」=教訓の慣行化が必要。

▽事業者と規制側が専門性を競い合う構図を、公衆に実際見てもらうこと。政策決定プロセスの透明化が公衆の信頼喪失に対しては有効だ。

▽人々の生活を奪った事実の重さを考え、自然災害にどう対応するか。

▽責任⇔権限、個人⇔組織、参加者各人のリーダー意識の持ちようが重要──などだ。

今回の夏期研修全体を通じて、「フクシマ事故」は至る所で議論され、質問が飛び交ったが、講師や各国参加者の多くの考えは、(1)新規建設計画が延期されることへの心配(2)より安全性を意識するようになったこと──だという。

おしなべて、世界の多くの人達は福島原子力発電所事故が、「各国の原子力政策を変更するほどの影響があるとは考えられてはいない。福島の反省点を生かし、さらに安全性を高めようという前向きな意識が強い」との感触をもって帰って来たことが、総括として述べられた。

時にリーダーシップの取り方や英語での議論で自信をなくすこともあったようだが、それらを乗越え、一回り大きくなった自分たちを実感しているようだ。

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教室以外の生活では、講義の休憩時のおしゃべり、休日のスポーツ、美術や音楽鑑賞、参加各国や地域ごとの主催パーティー、会食などを通じた、楽しい参加者同士の交流がなされた。

静かな森に囲まれたオックスフォード大学は、映画「ハリーポッター」の撮影現場にも利用された場所であり、特にハリー達、魔法学校の生徒が全員集まって食事をする食堂での場面はことに有名で、夏期研修の参加者達もここでの会食を厳粛な雰囲気の中で楽しんだ。

最近は、原産協会の支援事業によって、若者の参加者は増加傾向にあるが、原子力先進国の日本は、シニア・アドバイザーや講師の派遣も強く求められている。


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