事故原因と津波対策 北海道大学 奈良林直教授

1.福島第一原子力発電所の事故の原因

東北地方太平洋沖地震は、2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、日本の太平洋三陸沖を震源として発生したマグニチュード9.0の巨大地震である。この地震は、地震のみならず、北海道から千葉県に至る太平洋沿岸に大きな津波を発生させ、東日本を中心に甚大な被害をもたらし、東日本大震災と命名された。この沿岸に立地する火力発電所、原子力発電所の多くは何らかの影響を受け、運転停止した。

事故から1年が経過し、東京電力や政府事故調査委員会の報告書に加え、原子力安全・保安院の意見聴取会で配布公表された膨大な解析資料などから福島第一原子力発電所の事故の経緯や原因がかなりはっきりしたので、以下にまとめて示す。

(1)地震で旧式の受電設備や送電線の碍子などが割れたり、土砂崩れで敷地斜面の鉄塔が倒壊し、外部電源が喪失した。

(2)津波による浸水で、非常用電源・電源盤・バッテリー・モータが濡れて作動停止し、非常用炉心冷却系や海水冷却系、格納容器の余熱除去機能を喪失した。

(3)海水冷却系のモータや電源盤が海水で冠水し、発電所としての重要な冷却源(ヒートシンク)を失った。

(4)直流電源を失い、原子炉の圧力・水位などの計測と制御、外部との通信や指揮命令機能が失われた。特に、中央制御室の制御盤の機能が喪失し、おびただしい誤信号を発して非常用復水器(IC)の隔離信号(ファイルクローズ)を出したり、格納容器を減圧するベントの操作を制御室から遠隔操作できなくしたり、非常用ガス処理系(SGTS)の前後を仕切っていた弁を(フェイルオープンで)開けてしまった。特に1号機において炉心冷却を行うICの作動を隔離弁が止めてしまったことが、3月11日の夕方の段階でのメルトダウンを招いた重要な要因である。

(5)手動によるベントが遅れるなか、溶融した炉心燃料が格納容器内の気体を加熱し、格納容器が過圧と過温により損傷し、水素や放射能を原子炉建屋内に漏洩させた。

(6)SGTS系に耐圧ベント系が追加接続されていたため、ベントに伴い原子炉建屋内に水素や放射性物質が逆流し、水素爆発の引き金になった可能性もある。

(7)1号機の水素爆発により放射性物質が2号機や3号機にも飛散し、海水ホースの敷設などの緊急対応を遅らせた。

(8)3号機や2号機では、2日から3日間、蒸気タービン駆動の隔離時注水系(RCIC)が作動していたにもかかわらず、海水ホースの敷設に時間がかかり、逃がし安全弁を使った減圧の後の炉心への注水が遅れ原子炉が空焚きになり、水素を発生させた。消防ポンプの吐出圧が低く、格納容器や原子炉圧力が高いと炉心へ注水できない。

(9)4号機の原子炉建屋の爆発は、3号機と4号機のSGTSのフィルタが放射性物質で汚染されていることから、3号機の炉心で発生した水素がベント系配管の号機間共有により4号機に流入したため発生したことが裏づけされた。

(10)2号機は4号機の水素爆発と同じタイミングで格納容器圧力が急速に低下しており、この時点で格納容器が破損した可能性が大きい。3月15日、16日には放射性物質の飛散による空間線量率の急上昇が発生した。風は飯舘村の方向に吹いていた。格納容器の放射性物質の閉じ込め機能を失った1号機、3号機からも白煙が上がっており、地元に深刻な放射能汚染を引き起こした。

(11)海水を使った消防ポンプによる炉心冷却が開始され、6月には汚染された水を浄化してリサイクルする循環注水システムが稼動を開始し、それと共に原子炉底部や格納容器の温度が低下し、周辺の放射線の空間線量率も大幅に低下し、12月末に政府による「冷温停止」宣言が出された。

2.海外の対策事例

以上の事故の経過および事故を拡大させた原因に対する対策は、既に欧米で実施されており、例を紹介する。

(1)米国ディアブロキャニオン発電所の事例

取水口から300m、原子炉建屋から600mの至近距離に活断層が見つかり、建設コストが大幅に跳ね上がったにもかかわらず強固な鉄筋コンクリートで建屋を補強し、運転にこぎつけた。建屋内のドアは潜水艦に用いるような水密ドアを設置している。海岸沿いの海水ポンプには、シュノーケリングと呼ばれる鋼鉄製の円筒が被せられ、モータの空冷を確保しながら津波対策を取っている。

(2)スイスのライプシュタット発電所の事例

チェルノブイリ事故後、スペインを除く欧州の全ての原子力発電所にフィルター付ベントが設置されている。過酷事故が起こるようなときは全交流電源喪失(SBO)の可能性もあるので、ベントバルブからシャフトを延長し、手動でハンドルを回すとベントが容易にできる。フィルター付ベントは直径4m×高さ8mの2基の容器に収納されている。ヨウ素やセシウムを100分の1から1000分の1に低減できる。また、地下水を使ったヒートシンクを設置しており、地下室に非常用DGが2台設置されている。もともと設置されている非常用電源が3台、中操の制御盤とバッテリー充電用のモバイル電源、軍の基地に預けたモバイル電源を加えると計7台のDGを保有している。

(3)フランスのショー発電所の事例

最新鋭のPWR(145万kW)2基で、直径8m×高さ4mのお椀を伏せたような容器内に水と砂利で構成されるフィルタが収納されている。水素対策として多くの触媒式再結合器を格納容器内に設置している。

フランスでは万一の事故の際には大統領の指揮のもとで、EDFの発電所の事故収束を国が迅速に支援する体制が敷かれる。事業者は発電所内の事故収束を、政府は軍を使って必要な機材を陸・空から輸送し、事故収束の支援を行う。

3.我国の津波と過酷事故対策の強化

昨年4月に原子力安全・保安院は各電力会社に対して緊急対策を指示した。これらの緊急対策をしていれば、過酷事故は防げた。

電力事業者もフィルター付ベントや海水ポンプの専用建屋への収納や防潮堤・防波壁の設置を中長期的に取り組んでいる。ハイブリッドカーのリチウムイオンバッテリーの増強も効果的である。ここまでくれば世界最高水準の安全性が確保できると言える。併せて、自衛隊の迅速な初動展開を国の原子力防災体制に組み込んでほしい。


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