チェルノブイリ事故の「情報」による精神的影響 ウクライナ、セルゲイ・ミールヌイ氏のインタビュー(2) 事故の経験を伝えたい 「放射線より有害なもの」―リクビダートル(チェルノブイリ事故処理作業者)を経験して放射線被ばくをどう捉えたか。 ミールヌイ 被ばく線量は200〜300ミリSv程度だった。これは放射線障害の発症には至らず、青あざや軽度の火傷のようなものと言われた。通常の放射線レベルではないので決して健全とは言えないが、人体に備わった回復機能により解消できる。 ―放射線事故への過剰な反応を問題視しているようだが。 ミールヌイ 原子力事故では、過剰反応がしばしば見られるが、それは実際の放射線の影響よりも危険となりうる。住民を過度に移住させることも問題だ。チェルノブイリの町は放射線量が通常に戻り人が住めるレベルにあるが、インフラもすべて失われ、死んだ町になってしまった。何世代にも渡り生きてきた土地を離れ、見知らぬ土地に移り住むことが心理的、肉体的に深刻なストレスを引き起こしたのを目にした。 ―チェルノブイリで放射線の啓発活動をしていると聞いたが。 ミールヌイ 放射線に関して「100%危険か安全か」の受け止め方は正しくない。チェルノブイリ立入禁止区域へのツアーを通して参加者への放射線や汚染に関する知識普及と、万一の放射線事故の際の対応について知ってもらう活動を行っている。 ―チェルノブイリでの経験から福島に伝えたいことは。 ミールヌイ 放射線レベルの高い地域での作業に従事しても、現在健康に暮らしている人も数多くいることを知ってもらいたい。事故から得られた科学的知見と事故処理に関わった人々の感性の両面を経験として、福島の人々に伝えていければ嬉しい。我々は広島・長崎を参考にした。福島はチェルノブイリを参考にしてほしい。 ミールヌイ氏は、チェルノブイリ事故がもたらした社会的影響、心理的被害についての研究結果を執筆してきている。その1つ「チェルノブイリ──放射線より有害な虚構」は情報被害に焦点をあてた論文で、2011年発行の国連の国際チェルノブイリ研究情報ネットワークの論文集に掲載されている。その概要を紹介する。 【情報災害の発生】 チェルノブイリ事故は、放射線関連の大惨事だが、一方で情報による心理的災害でもある。事故後、旧ソ連の民主化という政治的要因と、コンピュータ化やマスメディアの進化という技術的要因で、二次的な情報の爆発が起こった。 旧ソ連の民主化運動、新政府、反原子力団体等は可能な限り多くの政治的・経済的利益を得るために、チェルノブイリ事故のネガティブな影響を強調し、マスメディアはそれを報道し続けた。信頼できる科学的データでさえ、理解しづらい形で、また人々の感じ方を考慮せずに公表されたため、心理的トラウマの悪化につながった。 【心理的トラウマの悪化】 チェルノブイリに関するネガティブな情報が、チェルノブイリの被災者に「被害者」の汚名を着せ、心理的トラウマを悪化させる。 知識の欠如により放射線への恐怖が引き起こされ、被災者への恐怖につながった。全てのリクビダートルは病んでいるという汚名を着せられた。 「被害者」として扱うことは、汚名を着せるのとは違い善意の結果であるが、影響は同様だ。「被害者」と定義することにより、チェルノブイリにいても被害を受けなかったという可能性は即座に排除されてしまう。チェルノブイリの被災者は、全て子供を生めないとか、生まれくる子供は奇形である、といった事実無根の話が悪影響を与える。 【心理的トラウマの治癒】 心理的トラウマの治癒過程は、原因となった出来事の情報処理と関係がある。心的外傷の引き金となったことが特定され、当人がその経験を「表現する」ことが出来るとき、その心理的影響は軽減されるようだ。 チェルノブイリの後遺症を取り除くには、「立入禁止区域」の象徴的意味と社会的機能の再考と変更が必要だ。「立入禁止区域」は、チェルノブイリ記念文化自然国立公園に変えるべきである。事故の経験の収集、記念館の建造など、心理的トラウマの原因となった出来事の保存は、トラウマを悪化させず、むしろ弱めるという点で重要である。 最近の著作「人畜力」(2010年、邦訳未)は、リクビダートルとしての実体験を描いた短編集。召集から除隊までの3カ月間に「立入禁止区域」での放射線測定任務遂行中に繰り広げられた、人間と放射能の対決・共存のドラマをコミカルな視点から描きつつ、国内外の「チェルノブイリ」についての公式発表や噂を大まじめかつ痛快に検証した作品だ。 |
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