リスクコミュニケーション 信頼関係を基本に 地域の人材育成にも注力

福島第一原子力発電所の事故以降、とくに身の回りの放射線に対する国民の関心は高く、生活上の判断材料ともなっている。それに伴い、リスクコミュニケーションを担う人材の重要性は質・量とも増している。そこで放射線医学総合研究所(放医研)の神田玲子氏に、これまでの経験を踏まえて課題などをうかがった。

「事故直後は、放射線のことが全く伝わっていなくてちょっとした説明でも納得して頂けることが多かったのですが、それは1、2か月のこと。多くの情報が出回り、日常生活の判断をするために質問する方が増えるにつれて、説明する側も試行錯誤の繰り返しでした」

携帯電話による市民向けの相談窓口を開設したのが2011年3月13日。当初は24時間体制で研究者が様々な質問に対応。相談件数はピーク時には約500件/日、これまでに1万8千件を超えている。

放射線の情報や知識が日常生活の行動を判断するうえで不可欠なものになるにつれ、納得のいく説明がむしろ難しくなる。「お叱りを受けることもたびたび」で、説明する側が多くを学ぶ貴重な機会ともなった。

「何を信じていいのかという情報リテラシーの問題やリスクという確率について教育が十分になされていないといった問題など、いくつかの指摘がありましたが、現実にはそうした問題が複合した形をとるし、時間経過にともない受け止め方も変化する」ところにリスクコミュニケーションの難しさを実感する日々。

それでも、自然科学者は、リスク情報に関する科学的に正しい理解を促進する役割があるとの基本認識のもと、困難な課題に向き合い続ける。

「専門家への信頼という問題が取り沙汰され、『どう伝えるか』にスポットがあたった時期もありましたが、放射線リスクの場合本当に重要なのは『何を伝えるか』です」

双方向に意見交換することで、環境・健康への影響や問題への対応についての理解レベルが上がることがリスクコミュニケーションの効果である。

そして、一般人と専門家が同じ目線に立って信頼関係を構築できることもある。その意味では「線量計で測定することが身近となり、線量を見て行動を判断するようになった状況は、専門家と同じ土俵で議論しやすくなったともいえます」

放医研では、リスクコミュニケーションの人材を養成するため、各地域の学校・幼稚園の職員、地域に密着した情報発信が可能な保健所職員を対象に研修会を実施している。一昨年は福島県との共同企画で研修を行った。「同じ地域に住んで、同じものを食べている地元の人間が説明することは信頼されやすいし、いろんな立場の人たちが連携していくことが大切」と考えてのことだ。

事故時の放射線情報のように、不確実性を伴う情報は、安心より不安拡大を助長することが多い。知識が増えるほど危険認知度が高くなるのも現実だ。だからこそ平時から時間をかけて信頼関係を構築する必要があり、各地域に根差した多様な人材を育て、うまく連携していくことが重要となる。放射線医学の専門家集団として放医研に期待される役割は大きいだけに、「今からがじっくり構えて長期戦です」と話す。


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