【対談特集】「日本社会の専門性」を考える(1)

政策決定のための専門性 アドバイザー出発点に

鳥井 サイエンスの専門性と、純文学や社会学など他分野の専門性の違いをどうお考えですか。

白石 人文学はともかく、社会科学と自然科学では、政策との関係で、専門性の違いはほとんどないと思います。

科学技術政策を考えた場合、その政策の策定にあたっては、多くの科学者、技術者が関与しますが、「政策のための科学」という観点から見ると、たとえば、金融政策の方が、科学技術政策などより、はるかに豊富なデータを分析し、政策を策定している。では、政策のための科学はこれからどう発展させていけばよいのか。科学者だけでできるのか。私はそうは思いません。それぞれの国にはそれぞれ違う政策策定のシステムがあり、違う意思決定のプロセスがある。それを理解した上で、できるだけ科学的根拠のある政策策定をしようと思えば、科学者、技術者と社会科学の専門家の協力が重要となる。また、政策研究においては、国によって制度がずいぶん違うので、そうした制度の違いが政策策定、意思決定にどう作用するか、実践的理解、あるいはフィールド・ワーク的理解も重要です。

私はアメリカに15年ほど住み、アメリカの大学で10年ほど教えました。そのときの経験を踏まえて言うと、ちょうど教授に昇進した頃、つまり、自分が研究者としてどれくらいやれそうか、わかり始めた頃、他の大学から声がかかり始めます。その中には、アドミニストレーション(経営職)関係のオファーがずいぶんあった。研究所のセンター長でこないか、シンクタンクの部門長で来ないか、学部長で来ないか、そういったタイプのオファーです。年俸はひじょうに良い。しかし、研究者としてのキャリアはあきらめなければならない。そういうオファーを受け入れると、そこで大学経営、リサーチ・マネージメントのキャリアに入っていく。学部長になり、プロヴォストになり、学長になっていく。そういうキャリア・パスがあって、その中でいろいろ経験を積み、大学経営を学んでいく。

しかし、日本の大学にそんなものはない。1つの大学の中では、事実上、そういうキャリアに入っていく人もいるけれども、国全体として、そういうシステムがあるわけではない。しかし、研究者として世界的な研究業績を挙げるのと、大学、あるいは研究所を経営するのは、違う能力です。それに応じたジョッブ・マーケットを作り、キャリア・パスを作らなければいけない。同じことは、政府のサイエンスアドバイザー、総合科学技術会議の議員、その他、政府関係の役職についても言えると思います。

鳥井 非常によくわかりますね。原子力規制委員会の委員は、そういう訓練は全くされていない中で、非常な責任を持っている。彼らは慎重のほうに行くに決まっている。

白石 その通りだと思います。ただ、確認しておけば、総合科学技術会議の議員のポストにしても、原子力規制委員会のポストにしても、これはすべて政治的ポストです。そこではそれぞれの政府機関のミッションを遂行することがその仕事ですが、同時に、部分最適ではなく、全体としてなにが最適なのか、常に考える必要がある。

鳥井 そうなると、どうやって政治と、ある種の専門的知識を持った人間がうまく意思決定をやっていくのか。

白石 私としては、サイエンスアドバイザーが出発点になると思います。かりに最初はサイエンスアドバイザーを1人だけ、官邸に置くことにしたとしても、どうせすぐに1人ではなにもできないことが明らかになる。スタッフをそろえ、サポート体制を作らないとなにもできない。そうすると、そのうち、うまくいけば、スタッフの中から、サイエンスアドバイザーとはどういう仕事か、それをよくわかった人がアドバイザーになる時代が来る。その頃になってやっとそれなりのキャリア・パスもできる。スタッフの中には、科学者として活躍する人もいるでしょう。それは大いに結構ですが、中には第一級の業績を挙げることのない人もいるかもしれない。しかし、それで一向に構わない。その人は違うキャリアを歩むわけです。サイエンスのトレーニングを受けた人で、広くバランスのとれた常識をもった人、そういう人がシンクタンクで研究マネージメントをやり、大学経営に関与し、また政府に入って、政策決定とはどういうことかを学び、やがて重要ポストに付くようになる、そういう仕組みを創る必要がある。また、そういうポストもふくめ、リサーチ・マネージメント、大学経営の専門家のジョッブ・マーケットを作り、キャリア・パスを創って行く必要がある。(了)


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