【寄稿】福島第一原子力発電所事故について思うこと 元原子力発電技術機構理事 村主 進

福島第一原子力発電所事故が平成23年3月11日に起こってから現在で3年になる。

筆者は昭和57年より平成11年まで17年間、原子炉安全基準専門部会・部会長として原子力発電所の安全基準の作成にあたり、また昭和45年より昭和64年まで19年間、原子炉安全専門審査会・審査委員として原子力発電所の安全審査にあたってきた。ところが、福島第一原子力発電所事故が起こり、周辺住民は退避を余儀なくされたこと、また未だに退避住民が元の居住地に戻れないことについて、筆者としては慙愧の至りの思いである。

この事故は予期しなかった大津波による電源系統の水つかりによって、全交流電源喪失および直流電源喪失のために起こったものであるが、今後もこのような放射能放出事故を起こさないためには、どのようなことをしたらよいかについて私の考えを2、3述べたい。

第一に述べたいことは、原子炉安全を確保するためには、もっと官学民の協力が必要であると考える。

原子力発電所の安全運転に対する一義的な責任は電力会社にあり、製造業者は安全な原子炉を設計製作する。規制当局は原子炉安全が守られるように規制する。学者・研究者は原子炉の安全に関する技術的な問題を解明する。以上が官学民の分担であろうが、縦社会のわが国ではこの各分野の協力は十分でないように思う。官学民がお互いに他の分野を理解し協力し合わなければ、必ず落ちがある。筆者が原子炉安全研究に従事し、規制のお手伝いをした長い経験からは、この協力が十分であったとは思えない。

この協力を確実にするための1つの方法は他分野との人事交流である。ヘッドハンティングである。米国では製造業者の人が規制当局の幹部になっていたことを知っているが、我が国ではこのような例を知らない。また、わが国の電力会社では異業種より技術に精通した幹部を招いた例を知らない。

原子炉安全に携わる人の何人かは、規制を知悉し、原子炉施設の詳細を会得し、原子力工学に深く精通した人が欲しいものである。このような人がいて、全責任を任せられて、福島第一原子力発電所事故の現場に直行して助言をしておれば、未曾有の津波に遭遇していても、過酷な事故が起こらなかったか、過酷の程度が低かったものと思われる。

第二に述べたいことは、今回の事故のように想定した事故に対する安全防護方策がすべて無効になった場合、事故終息のために規程に定めた事項を無視しなければならないことがあるということだ。その1つは、非常用復水器の現場での弁開閉に関することである。

1号機は、余熱除去系が作動しない場合の、崩壊熱を除去する最後の手段として、非常用復水器を設置している。非常用復水器は2次側が大気圧で、高圧の1次側の原子炉冷却水を除熱して、1次側の圧力を下げる装置である。2次側は消火ポンプまたは消防ポンプのような吐出圧の低いポンプで十分注水できる。全交流電源が喪失しても、消防ポンプさえあれば原子炉の崩壊熱を長時間除去できる。

3月11日地震による大津波が来襲し、直流電源も水に浸かり、直流電源喪失のため非常用復水器の弁が自動的に閉じて、非常用復水器が不作動になった。このため、崩壊熱により原子炉圧力が上昇し、逃し安全弁が吹いて原子炉水位が低下し燃料が露出した。

このとき、直ちに現場に急行し、非常用復水器の弁を現場で手動で操作して開ければ、原子炉圧力を下げることができ、その後消防ポンプで水を補給すれば炉心を長時間冷却することができる。燃料溶融、放射能放出には至らなかった可能性は高かった。そして原子炉圧力を早急に下げるためには、弁は開で放置せざるを得ないであろう。弁が開の状態のままでは冷却水温度降下率は55℃/時を超えて規程違反になる。しかし、この規程違反は1回くらいでは、熱応力で原子炉1次系に大きい損傷を与えることはない。

非常用復水器の弁開を行っていれば、1号機からの多量の放射能の放出はなかった可能性が高い。放射能放出がなければ、2号機〜4号機は現場で手動の弁開閉操作その他必要な事故時操作ができ過酷な事態に至らなかった可能性は高い。

第二の事例は、原子炉の崩壊熱を除去するための淡水が不足したことである。そこで現場では海水で冷却することを計画したが、東京の本社では許可しなかった。許可しなかった理由は恐らく、(1)原子炉構造物の応力腐食割れの危惧、および(2)冷却した海水を海洋に戻さなければならないことのためと考えられる。

淡水を海水で置き換えることは規程違反になる。しかしこの場合、熱除去能力を確保する方が燃料溶融を防ぐことになる。

この例のように、過酷な事象に発展する可能性がある場合に、圧力バウンダリーの機能を損なわない範囲で、手順書や規程に違反しても、結果的には正解となる。

第三に述べたいことは、原子炉主任技術者が活用されていないことである。原子炉主任技術者は有名無実の存在になっているのではないか。マスコミでも今回の事故で原子力発電所所長の言動の報道は多いが、原子炉主任技術者の言動については何ら報道されていない。

法的には原子炉施設の保安の責任は原子炉主任技術者にある。原子炉主任技術者をもっと活用して、原子力発電所の事故防止に役立ててもらいたい。

前に過酷事象に発展させないためには、規程に違反することもあると述べた。しかしこのようなことを発電所の現場の判断で行ってはならない。

過酷事象を収束するためには、規制を知悉し、原子炉施設の詳細を会得し、原子炉工学に深く精通した人が必要である。このような人を養成するためには、原子炉主任技術者を中心にして、学者・研究者、規制当局、電力会社、製造業者の中から選ばれた人々が、定期的に会合し、平常時、事故時は勿論過酷な事故についての対策を常に勉強し、討論し合い、技術的内容を深化させなければならないと思う。

要は、原子力発電所の詳細設計、運転操作手順および法規などが、どのような科学技術的根拠や経験に基づいたものかを詳細に知悉した人が必要であるということだ。

福島第一原子力発電所事故については、東京電力、政府、国会、民間におけるそれぞれの事故報告書があるが、これに加えて筆者の思うことを述べた。

ここに述べたことに対しては色々な意見があると思うが、皆さんでご検討いただきたい。


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