【原子力ワンポイント】 広く利用されている放射線(44) 放射線影響の蓄積は幹細胞寿命を超えず

低線量率の放射線被ばくは、必ずしも低線量ではありません。高自然放射線地域に住む人たちは、年齢とともに積算線量が増し、高線量となりますが、不思議にがんの発症率は増えていません。実はこの理由も、「がん幹細胞と組織幹細胞の居場所(ニッチ)をめぐる競合」を考えると、理解できます。

ゆりちゃん がん幹細胞って、前回にも聞いたけど、もう一度教えてくれませんか。

タクさん それでは簡単におさらいしましょう。赤血球やリンパ球を生み出し補充する能力を持った細胞を「造血幹細胞」と言います。このような幹細胞は、臓器ごとに存在しており「組織幹細胞」と呼んでいます。最近、この幹細胞に放射線がヒットすると突然変異が誘導され、がん細胞を生み出す「幹細胞もどきの細胞(がん幹細胞)」が創られる場合のあることが分かってきました。「がん幹細胞」は、がん組織の中のわずか0.2〜1%しかありませんが、その寿命は非常に長く、次々にがん細胞を増やしていくので、これまで「放射線影響は、生涯にわたって蓄積する」と考えられてきました。

ゆりちゃん 放射線影響は、永久に蓄積すると思っていましたが、違うのですか。

タクさん 実は、最近の研究で幹細胞の寿命が、従来考えられていたよりも短いことがわかってきました。クライン博士等は2010年、マウスの精子幹細胞が2週間で半数が入れ替わる(ターンオーバーする)ことを、数理モデルによって予測しました。このように幹細胞に一定の寿命があるならば、放射線がヒットし続けたとしても、その寿命を超えて幹細胞に突然変異が蓄積することはありえません。また、がん幹細胞になったとしても、居場所となる微小環境(ニッチ)を維持するためには、周囲の正常な幹細胞との競合に勝たなければならず、敗れた場合には消滅の道をたどります。このようながん幹細胞の「競合・排除」のモデルに従えば、インド・ケララ州の高線量地域において、「原爆寿命調査では明確なリスクの増加が見られる線量(600ミリシーベルト)を超えても、発がんリスクが増加しない理由」、を合理的に説明できます。

ゆりちゃん 幹細胞のターンオーバーは、実験でも確かめられているのですか。

タクさん 電力中央研究所大塚健介主任研究員が、「大腸の内側の表面(粘膜)にある小さな管状のくぼみ(クリプト)に潜んでいる幹細胞に由来する組織細胞が、時間とともに減少」していくことを確認し、幹細胞が大腸の組織内でターンオーバーしていることを明らかにしています。そして現在は、放射線照射によって幹細胞のターンオーバーの頻度がどのように変化するのかを明らかにし、放射線発がんのターゲットと、がん化の機構を解明する研究を進めています。幹細胞の組織における挙動の解明は、放射線による発がんリスクの評価においてきわめて重要です。今後の展開が期待されます。

原産協会・人材育成部


お問い合わせは、政策・コミュニケーション部(03-6812-7103)まで