【原子力ワンポイント】 広く利用されている放射線(48)せめぎ合いでは放射線適応応答が優勢

仲野徹阪大教授は、著書の「エピジェネティクス―新しい生命像をえがく」の中で、「ゲノム中心の生命観を変える新しい概念“エピジェネティクス”。遺伝でもない。突然変異でもない。ゲノムに上書きされた情報が、目をみはる不思議な現象を引き起こす」と述べています。この概念に基づいてもう一度、放射線影響を見直そうという動きが出てきました。

ゆりちゃん 「エピジェネティクス」ってどんな意味ですか。

タクさん 実は私もうまく説明できなかったので、いろいろ資料を探していましたら、国立がん研究センター研究所のホームページが目につきました。「私たちの体は皮膚、胃、肝臓など様々な組織から出来ており、これらは別々の細胞で構成されている。どの細胞も基本的には同じ遺伝情報を持っているのに、別々の細胞になれるのは、使う遺伝子と使わない遺伝子に目印をつけているからである。エピジェネティクスとは、これらの目印を解明する学問である。皮膚から胃ができないことに象徴されるように、エピジェネティクス的な目印の特徴は、一旦つくと、容易にははずれないということである」と説明されています。これらの目印は、遺伝でもDNAの塩基配列の変化(突然変異)でもありません。細胞の外からの刺激(例えば放射線)を受けて、遺伝子の働きをオン・オフする指令がゲノム上に書き加えられ、この記憶が“子孫細胞”あるいは“周辺細胞”に伝えられることによって放射線の影響(がん化や細胞死など)が、時間と空間を隔てて現れるというのです。

ゆりちゃん もう少しエピジェネティクスと放射線の関係を教えて下さい。

タクさん 国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告では、「放射線に対するエピジェネティクス的な反応」として、(1)子孫細胞に現れる放射線の影響(ゲノム不安定性)と、(2)放射線を受けていない周辺細胞に現れる放射線の影響(バイスタンダー効果)、の2つを取上げています。これを受けて、「放射線の影響は、ICRPが勧告する“しきい値なし直線モデル(LNTモデル)”で試算するよりも大きい」、と問題提起する専門家もいます。

ゆりちゃん それでは「LNTモデル」は、もっと厳しく、見直さないといけないのですか。

タクさん その必要はありません。ヒトには、放射線の影響を修復してがんの発症を抑制する「放射線適応応答」と呼ばれるシステムが備えられています。このシステムは、人類が長い時間をかけて進化してきた中で獲得され、それが現在の私達にもしっかり受け継がれているのです。細胞の中では、3つの生物学的応答(放射線適応応答、バイスタンダー効果、ゲノム不安定性)が“せめぎあい”をしているのです。その結果、低線量放射線領域では、「放射線適応応答が優勢」に作用し、その他の有害な影響の発現が抑えられるのです。直径が10マイクロメートル程度の極小さな環境で、このような激しい競合が起こっているなんて、想像するのは難しいですね。

(原産協会・人材育成部)


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