World Nuclear NewsーViewpointより:「原子力発電所事故の住民リスク試算は過大」
World Nuclear News-Viewpointより転載
(2016年3月11日公開)
チェルノブイリ事故による健康影響の権威であるジェリー・トーマス氏が、福島第一発電所事故がもたらした健康影響について再評価することを訴えている。
これは福島事故から5年目となる3月11日に英BBCラジオ番組「トゥデイ」で放送されたもの。同番組に出演した分子病理学教授で、チェルノブイリ組織バンク(Chernobyl Tissue Bank:CTB)所長のトーマス氏は、「原子力発電所で事故が起きると人々は高い線量の放射線を浴びることになると考えがちだが、実際に浴びる線量はそれよりはるかに低い。また原子力発電所と原子爆弾はまったくの別物であることを認識すべきだ」と語った。
トーマス氏は、「次に原爆が落とされればおそらく人類は地球上から滅亡するだろうと信じるよう私たちは教わってきた。そして頭の中で原子力発電所と原爆を混同し、そこから先に進むことが非常に困難になっているように思われる」との認識を示した上で、「原子力発電所事故の影響が本当にわかるのも、事故から十分な時間が経過し、その真の結果が見えてきた時であると思う。チェルノブイリ原子力発電所での事故から、今年が30年目の節目であることから、まさに同発電所ではこの時を迎えている。適切な量のデータも集まり、これを見直したとき、原子力発電所と原爆は別物であり、今ならばそう証明できると言える」と強調した。
同氏によると、最大の違いは、原爆は大量の透過性ガンマ放射線を発生するのに対し、原子炉の事故で発生するのはセシウム137やヨウ素131からの同位体放射線であり、これは体内に取り入れられた場合しか有害ではないという点だという。したがって、福島第一事故では大量の放射性物質が放出され、広範な地域が影響を受けたが、「実際には、福島周辺の放射線量は人口の95%に対して1ミリシーベルト程度であったと計算されており、これはCTスキャン1回分の10分の1に過ぎない。
今になって考えると結果的に、地元住民へのリスクは過大に試算されており、「じつは放射線を有毒な化学物質であるように扱っていたほうがはるかに正しかったと言える。当時、指示すべきだったのは『外に出ないで、窓や玄関は閉めておくようにしてください。安全な時期がきて、もし避難が必要ならば救助に来ます。その時には線量の程度も、放射性物質がどのようなものかも評価できており、適切な計画も整備されているはずです』というものだった」と同氏は指摘した。
また「リスクをゼロにするのは不可能で、そんなことはありえない」としたうえで、原子力発電所事故と、他の形の発電のリスク、特に人体や環境に有害な化石燃料による発電リスクのバランスをとることが大切とも指摘。原子力発電について、「あまりにも過大な安全を求めようとしているのではないか」との疑問を投げかけた。
そして、「バランスのとれた科学的な考え方というのは、原子力発電所事故が人体に及ぼした真の影響がどのようなものかを評価し、生活での他のリスクとともに視野に入れることである。多くの科学者は、起きてしまったことを再評価する必要がある。なぜならば2世代か3世代あとになって振り返った時、あれほど用心深くなりすぎていたなんてどうかしていたとわかる事態が十分にありうるからだ」と述べた。
編集部注:CTBは、チェルノブイリ事故に起因する手術によって摘出された貴重な甲状腺癌組織の散逸や拡散を防止し、全世界的な研究を促進するため、それぞれの当事国が責任を持って試料を管理できる制度を完備するもの。この甲状腺組織は手術をうけた患者の今後の予後判定や治療に大切であることはいうまでもないが、さらに研究成果は放射線被曝と甲状腺障害との関係の解明にも役立つと期待されている。