EC:2050年までにEU域内の原子力設備維持に必要な投資額を試算
欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会(EC)は4月4日、EU域内における原子力発電所のライフサイクルの全ステップで必要となる投資額を試算した「原子力の説明プログラム(PINC)」を公表した。欧州原子力共同体条約の要件に基づいて、福島第一原子力発電所事故にともなう安全性改善と既存炉の安全な運転期間長期化への投資を中心に、同事故後初めて全体的な投資額を示したもの。域内のエネルギー供給保証と電源多様化に資する重要な低炭素電源として、原子力発電は2050年代までEUのエネルギー・ミックスにおける重要要素であり続けると結論づける一方、2050年以降に少なくとも9,500万kWの原子力設備を維持するには3,500億~4,500億ユーロ(約44兆円~56兆6,000億円)が必要だとした。これらに既存炉の運転期間長期化やバックエンド活動への投資を含めた原子力発電全体で必要な投資総額は、2015年~2050年までに6500億~7600億ユーロ(約81兆6,000億~95兆円)にのぼると指摘している。
EU域内では現在、全加盟国の半数に当たる14か国で、129基・約1億2,000万kWの原子炉が30年近い平均年数で稼働中。これらの原子炉が電力供給保証上の役割を担っている関係から、EUのエネルギー同盟戦略および欧州エネルギー供給保証戦略に基づき、加盟国には安全性とセキュリティ、廃棄物管理および核不拡散などで最も厳しい基準を適用させている。また、EUは原子力を2030年までの温室効果ガス排出抑制目標達成の一助とする考えであるため、PINCには、EUがエネルギー関係目標を達成する上で原子力がどのような助けとなるかという議論に基盤を提供するという意図がある。原子力発電所での安全確保はECの絶対的優先事項であることから、特に福島第一事故後の関連投資と既存炉の運転期間長期化にともなう投資を盛りこんだほか、域内の原子力産業でバックエンド関連活動が急増するなど、新たなフェーズに移行しつつあるため、関連投資について確かな情報に基づく議論が可能となるよう意図したもの。PINCの概要は以下の通りとなっている。
・2050年までの域内エネルギー供給で最大4兆2,000億ユーロの投資
EUのエネルギー同盟戦略に沿ったエネルギー・システムへの移行を支援するには大規模な投資が必要で、2015年~2050年までに送電グリッドや熱電併給、蒸気ボイラーなどへの投資を含めて、EU域内のエネルギー供給で必要とされる投資額は3兆2,000億~4兆2,000億ユーロ(約402兆円~528兆円)と見積もった。2008年以降、合計48件の原子力関係投資プロジェクトが新たに報告されており、このうち9件は原子力のフロントエンド関係施設で、20件は原子力発電所における福島第一事故後の安全性改善もしくは運転期間の長期化に向けた大規模改修など。7件が新規商業炉か研究炉への投資であり、12件はバックエンド施設関連だった。
・原子力発電設備のリプレース
原子炉を保有する加盟国すべてが安全性の改善に投資を行っているが、平均稼働年数の増加に伴い、いくつかの加盟国では原子炉をリプレースするか、運転を長期化するかの判断に迫られている。運転長期化プログラムを実施しない場合、約90%の既存炉が2030年までに閉鎖され、大容量をリプレースする必要が生じる。運転長期化プログラムを進めた場合でも、2050年までには90%の原子力設備をリプレースしなければならず、2050年までと、それ以降の期間に9,500万kW~1億500万kWの原子力設備を維持するリプレース用原子炉新設の投資として3,500億~4,500億ユーロの投資が必要。新しい原子炉は少なくとも60年間稼働するよう設計されているので、今世紀末までは、これらの新規原子炉で発電を行うことになる。これらの資金調達に影響するファクターとしては、建設オーバーナイト・コストや資金調達コスト、建設期間などがあるが、いくつかの新たな原子炉設計の初号機建設ではコストの増加と建設の遅れが生じている。ただし、同型設計を将来的にも建設する際は、初号機の経験を活かしたり、コストの軽減も可能であるので、許認可における規制当局同士の協力や、産業界による設計の標準化を促進すべきである。
・既存炉の安全性改善と運転期間の長期化
欧州の多くの事業者が、設計時の想定よりも長く原子炉を運転する意志を表明しているが、安全確保の観点から(1)原子炉が規制要件に準拠し続けるという証明、(2)安全性の強化--が求められる。加盟国からの情報を分析した結果、既存炉の運転期間長期化で2050年までに450億~500億ユーロ(約5兆6,600億円~6兆3,000億円)の投資が必要と見積もった。原子炉の設計や運転年数にもよるが、加盟国の規制当局が許可する延長期間は平均して10~20年ほどになると想定。事業者と規制当局は、改定版の原子力安全に関するEU指令に従って、安全性証明文書を作成、審査、承認する必要がある。また、規制者間で共通の基準を設定するなど、許認可プロセスにおける規制当局同士の協力促進は、こうした課題にタイムリーかつ適切に対応する一助となる。
・燃料サイクルのバックエンド関連活動の増加
域内で稼働中の129基中、50基以上が2025年までに閉鎖されると予想されており、注意深い計画立案と加盟国間の協力促進が必要になる。原子炉を有する全加盟国が放射性廃棄物の深地層処分や長期管理について政治的にセンシティブな判断を下さねばならないので、この問題に対する行動と投資判断を先送りしないことが重要。使用済み燃料と放射性廃棄物に関するEU指令は、これらの安全かつ責任ある管理を法的に要求しているが、ここでは将来の世代に不当な重荷を背負わせないことが目的となる。使用済み燃料を貴重な資源として再処理するのも、廃棄物として直接処分するのも加盟国の自由であるが、どちらのオプションを選んだ場合でも高レベル廃棄物の処分は取り組むべき課題。また、世界的に見ても発電炉の廃止措置経験が乏しく、2015年10月までに欧州で永久閉鎖された原子炉89基のうち、完全に廃止されたのはドイツの原子炉3基のみとなっている。
・放射性廃棄物の管理と廃止措置に対する資金調達要件
使用済み燃料と放射性廃棄物に関するEU指令では、放射性廃棄物の発生から最終処分に至るまで管理の全責任は事業者にあるとの認識。事業者は運転の初期段階から資金を積立て、政府が財政責任を負うリスクを可能な限り軽減する措置が必要であり、加盟国ではコスト評価や適用可能な財政スキームといった国内プログラムを設置・維持するなどして、この原則を保証している。加盟国からの情報によると、2014年12月時点で欧州の原子力発電事業者は、2050年までに原子炉の廃止措置と放射性廃棄物管理に必要な金額を2,530億ユーロ(約31兆8,000億円)と試算。このうち1,230億ユーロ(15兆5,000億円)が廃止措置用、残りの1,300億ユーロ(約16兆3,000億円)が使用済み燃料と放射性廃棄物の管理および深地層処分用だとしている。