EUが欧州グリーンディール投資計画案を公表、原子力への支援なし
欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会(EC)は昨年12月、EU域内がクリーンで循環型経済に移行することにより資源の効率的な利用を拡大し、気候変動を食い止めることなどを目指した2050年までの工程表「欧州グリーンディール」を公表したが、今月14日にはこれに続き、欧州グリーンディールの実行を可能にするための投資計画案と、ポーランドのようにこのような移行から最も影響を受ける地域や部門に資金提供する「公正な移行メカニズム(JTM)」を公表した。それによると、2050年までに欧州大陸を世界で初めて温室効果ガスの排出量実質ゼロ(気候中立)とするためには、EUと加盟各国の公的部門に加えて、民間からも相当額の投資が必要になる。今回の「持続可能な欧州への投資計画」では、まず公的な投資手段を結集。とりわけEUの複数の投資プログラムを統合した「InvestEU」など、EUの資金調達手段によって民間投資を引き出し、少なくとも1兆ユーロ(約122兆7,000億円)の投資につなげたいとしている。
ただし、この投資計画では原子力発電への言及が一切なく、フォーラトム(欧州原子力産業会議)のY.デバゼイユ事務局長は翌15日、EC提案がこのような資金援助の対象から原子力を除外していることを憂慮すると発表。「低炭素経済への移行で社会が不利益を被ることはあってはならない」とした上で、EUによる資金割当が炭素集約型部門の従業員を低炭素産業に移行させる一助となるよう、全面的に支援したいと述べた。
昨年12月の「欧州グリーンディール」
ECが策定した「欧州グリーンディール」では、運輸、エネルギー、農業などすべての経済分野に加えて、鉄鋼、セメント、繊維、化学などの産業をカバー。あらゆる政策分野で気候と環境に関する課題を機会に変え、EU経済を持続可能なものに転換するとともに、この移行がすべての域内住民にとって公正なものとなることを目指している。
このためECは、2050年までにCO2排出量実質ゼロを達成するという政治的な目標を法制化するとしており、100日以内に初の「欧州気候法」を提示する方針である。また、気候と環境に関するEUの目標達成に向け、新産業政策や循環型経済行動計画、公害のない欧州に向けた提案も提示する。さらに、2050年までの目標達成に現実的な道筋を付けるため、EUによる2030年の温室効果ガス排出量削減目標の引き上げに向けた作業も開始する予定である。
「持続可能な欧州への投資計画」
「持続可能な欧州への投資計画」案の提示も、ECが「欧州グリーンディール」を公表した際、同様に明らかにされていた。昨年11月にEC委員長に就任したばかりのU.フォンデアライエン委員長は、「2050年までに欧州で気候中立を達成することは前例のない移行計画であり、域内住民の誰1人として置き去りにしないよう支援する」と明言。「欧州グリーンディール」の実施で重要となる投資の必要性を「投資の機会」に変えて、域内にグリーン投資の波を引き起こす方向性を示したいと述べた。
今回の発表でECは、「持続可能な欧州への投資計画」は気候の中立やクリーンで競争力のある経済への移行に向け、官民の投資促進の枠組を生み出すとともに、必要なEU資金を調達すると指摘。「欧州グリーンディール」で表明した財政イニシアチブを補完するため、「投資計画」は3つの特徴を持ったものになるとした。
それらはすなわち、(1)今後10年間の持続可能な投資として少なくとも1兆ユーロを調達、(2)官民の投資機会を開放するとともに、その適用を可能とするためのインセンティブを提供、(3)公的機関やプロジェクトのプロモーターに対し、持続可能なプロジェクトの計画・立案・実行で必要な実質的支援をECが提供――など。(1)においては、欧州投資銀行が主要な役割を果たすとした。
この中でも「公正な移行メカニズム(JTM)」は、気候中立に向けたの経済への移行を公平な方法で確実に実行する重要ツールになるとECは説明。すべてのEU加盟国や地域、部門が今回の移行で協力が求められる一方、解決すべき課題の規模はそれぞれ異なるため、ポーランドなど石炭火力に依存する一部地域では、社会経済面で広範な改革を行うことになる。
JTMはこのように移行の影響が大きい地域に対し、2021年~2027年までの期間の支援目標額として少なくとも1,000億ユーロ(約12兆2,762億円)を調達。化石燃料に依存するコミュニティや労働者の支援に必要な投資の枠組を生みだし、社会経済的な影響を緩和するとしている。
EC提案に対するフォーラトムの見解
このような提案に対し、フォーラトムのY.デバゼイユ事務局長はまず、「石炭火力依存国の脱炭素化努力に財政支援を与えるというEUの目標には賛同する」とした。その一方で、過去18か月間に「国連・気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」や国際エネルギー機関(IEA)、およびECさえも「炭素を排出しない原子力は低炭素経済において不可欠」とする報告書を公表していた事実に言及。昨年末になると複数のEU加盟国が、2050年までに脱炭素化目標を達成するには原子力発電への投資が必要になることを明確に示していたと述べた。
同事務局長は、「石炭産業の労働者を原子力産業に移行させるメリットについては、すでに仏国と英国が立証済みだ」としており、フォーラトムとしては、今回のようなEC提案を正当とするのはなかなか難しいと指摘。「EUも結局のところ、石炭火力依存地域の人々を低炭素産業に移す支援に集中的に取り組むのだろうが、資金援助を受ける資格のある低炭素部門に制限をかけるのなら、誰1人置き去りにせずに今回の目標を達成することは非常に難しくなるだろう」と強調した。
同事務局長はまた、世界最大の会計事務所デロイト・トーマツの調べによると、欧州の原子力産業界は現在、110万人以上の雇用を域内で維持しており、域内総生産(GDP)のうち5,000億ユーロ(約61兆3,800億円)以上を原子力産業界が生み出していると指摘。原子力産業は発電部門の低炭素化と欧州域内の雇用創出という両面において、恩恵をもたらしていると訴えている。
(参照資料:EC、フォーラトムの発表資料、原産新聞・海外ニュース、およびWNAの1月15日付「ワールド・ニュークリア・ニュース(WNN)」)