近畿大学 実際に原子炉に触れる経験を大切にして真の技術者育成へ
~原子力研究所 若林 源一郎 准教授に聞く~
<安全な低出力炉で日本の原子力教育を牽引>
1959年の国際見本市では、米国が「アトムズ・フォー・ピース」の一環として教育用原子炉を出展し、東京晴海埠頭で18日間運転した。これを見学した世耕弘一近畿大学初代総長は、今後は原子力の時代だと考えて原子炉の購入を決断した。こうして1961年11月11日に近畿大学で、大学および民間で第一号となる出力0.1ワット(W)の原子炉が臨界に達した。同時に本大学の理工学部に原子炉工学科が立ち上がり、原子力教育がスタートした。1974年には熱出力を1Wにパワーアップし、1981年に全国の大学研究者による原子炉等共同研究を開始した。チェルノブイリ原子力発電所事故直後だった1987年からは、一般市民や教員向けの原子炉実験研修会も開始し、原子力研究および教育の場として国内外の多くの人々に活用されていた。しかし2013年12月に施行された試験研究炉の新規制基準に対応するため、2014年2月以来運転を停止している。
近畿大学原子炉(近大炉)は、極低出力のため、安全性が極めて高い。温度が上昇しないので冷却設備は不要で、ウラン燃料消費もこれまでに数ミリグラムとごくわずかなため燃料交換も必要ない。汚染や被ばくの恐れも小さく、運転中に炉室内で作業ができるほか、保守管理や照射試料の処理も容易である。また炉心が二分割しており、大型試料や生物なども挿入しやすい。原子炉として最小限の要素のみで構成されており、フルパワーまで短時間で到達するので、教育用として最適である。
<研究者のみならず広く一般にも原子炉体験の機会を提供>
近畿大学理工学部電気電子工学科エネルギー環境コースでは、3年生の後期に全員が原子炉を運転し、中性子を使った実習を行う。また生命科学科など他学部や大学院の総合理工学研究科も研究に使用する。
学外利用の例では、近畿大学原子炉等共同利用として2012年度には、物理系16件、化学系1件、生物系6件の計23課題の共同研究が採択され、中性子を使った実験などが行われた。また原子炉運転実習として、大阪大学、名古屋大学、九州大学、福井大学、福井工業大学、摂南大学、東海大学、徳島大学――の8大学が近大炉を利用したカリキュラムを組んでいる。さらに国際原子力人材育成イニシアティブの枠組みでは、近畿大学が中心となって、名古屋大学、九州大学、京都大学、韓国の慶熙大学含む5大学が協力し、国際人材の育成、国内原子力設備の有効活用、福島復興への貢献を目標に掲げて教育活動を行っている。
指導要領に放射線教育が加わったことを踏まえて、関西原子力懇談会(関原懇)と原産協会の委託事業で、近大炉での運転体験や霧箱での実験などを含む教員向けの研修も実施している。また、電力会社広報関係者や千代田テクノル新入社員などを対象にした企業向けの研修会も行っているほか、女性NPOや高校生など一般市民向けの原子炉実験研修会も行っている。さらにオープンキャンパスなどで、近所の自治体や町内会の人たちが見学に来る機会もあり、2012年まで大学祭の時期に行っていた「なるほど原子力展」ではパネル展示を行うとともに、関原懇を通じ福井県の物産展なども行い、多くの人に親しんでもらうことができた。
本物の原子炉を見たり触ったりすることは、近畿大学だからこそ提供できる機会だ。1Wの出力しか出ない原子炉ではあっても、ここで管理されている保安規定や放射線管理は本物で、これらの法令を順守して研究炉に入るという経験は、シミュレーターなどでは体験できない。シミュレーターは設定したことしか起きないが、本物の原子炉だったら実際に放射線も出てくるし、自分の働きかけに対しても直に反応が返ってくる。放射線管理区域および周辺監視区域や防護区域での必要な手続きや注意点、何がやっていいことで何がやってはいけないことなのか、現場を体験しないとなかなかわからないことも多い。
<研究炉停止の影響と将来を見据えた原子力人材>
近大炉は実験と研修で毎日フル稼働状態だったが、新規制基準対応のために現在は停止しており、原子炉を使う研修は全て中止せざるを得ない状況となっている。停止する直前に、東海大学で研修しているベトナム人技術者に対し近大炉での実習を受け入れる計画が決まっていたが、残念ながら見送ることになった。教員向け研修は、内容をだいぶしぼって放射線物理や計測を中心に学び、原子炉は見学のみとする「放射線実験研修会」としてカリキュラムを組み直して継続している。
国際原子力人材イニシアティブでも、当初近大炉を使用するプログラムの予定だったのが実施できなくなってしまい、文部科学省とも相談した結果、今年は10Wの原子炉を保有する韓国の慶熙大学に日本の学生を連れていくこととなった。慶熙大学ではプラント輸出を大前提とした原子力教育のため授業の7割は英語で行っており、グローバル化時代に求められる環境に身をおくことで、慶熙大学の研修に参加した日本人学生が刺激を受けることを期待している。ただし全員を連れていくことはできず、全国にいる原子力を勉強している学生のうち一握りだけが現地に行ける状況だ。大学の研究炉が長期間止まってしまうと原子力専攻の学生は再稼働を待てず、たまたまその学年だったというだけで原子炉に触れることのないまま原子力技術者として巣立っていってしまう。沢山の大学がある中で、実際に原子炉があることから近畿大学を選んでくれた学生もいるかと思うと、非常に心苦しい状況だ。
原子力を志望する学生が減っているとも言われているが、福島第一発電所事故があってもあえて原子力をめざす中には、福島のために何かしたい、原子力を復活させたいという強い意気込みを持っている学生も多い。原子力を専攻することに将来の不安を感じる学生もいると伝え聞くが、震災後新たに原子力専門家を自治体で募集する動きもあり、就職先はむしろ広がっているのではないかと思う。
人材育成は長い目で見ることが重要で、今育てている学生が実際に原子力技術者として最前線に立つ時期を考えながら、常に先手を打って考えねばならないと感じている。
<福島第一原子力発電所事故から学ぶことを大切に>
近畿大学は、震災復興アドバイザーとして福島県川俣町の支援をしており、2011年4月から放射線測定や子どもたちの個人線量測定などで本学の教職員たちが協力している。国際原子力人材イニシアティブ事業で10月に川俣町で環境放射線測定実習を行うことになった。福島の線量が下がってきて復興が進んでいることは喜ばしいが、除染作業の様子などは今しか見られない。今このタイミングで原子力を勉強している学生には、近大炉を使えない代わりに、ひとたび事故が起こったらどのような事態となるのか現地を自分の目で見て体感してもらいたいと考えている。
自身は2014年9月に初めて福島第一原子力発電所内を見学したが、世間での廃炉に対する夢のないイメージとは違い、思いのほか活気があった。誰も住んでいない地域の中で、第一発電所だけは毎日7000人が出勤してきて夜も電気が灯り、技術的にも科学的にも人類史上初のチャレンジングな課題ばかりで、最前線では後ろ向きどころか技術者魂に火が付いた人たちが集まっている印象だった。
<放射線利用の観点からも日本の原子力教育は今後も必要>
近大炉が止まっていても、維持管理は今まで同様に行っていく必要があり、保安規定も適用される。それに加えて新規制基準申請の作業も行わなければならず、実際にはかなり忙しいが、一日も早く運転再開できるよう頑張るしかない。
ただし懸念されるのは、今後近大炉の運転を再開したとしても、既に設置から54年が経っていることだ。燃料は半永久的に使えるものの、構造物の老朽化が必ず来ることを考えると、近大炉を引き継ぐような教育炉をどこかに作らなければならない。もしも教育炉の新設が難しいならこの炉を建て直さなければならないが、いずれにせよそろそろ考えはじめないとならない。
先日行われた研究炉の国際シンポジウムで近畿大学における活用事例を講演する機会があったが、新規に原子力発電を導入しようとする国からは、他国から原子炉を輸入したとしても、そこで働く技術者たちが真に技術を自分のものとして取得するためには小さい炉でも自分で作っていく経験をするべきで、そのためにはまず研究炉を建設しなければならないという意見も出されていた。
原子力推進派も反対派も発電を中心に考える傾向があるが、研究炉ではエネルギー利用というよりも中性子線を使うことが多く、医療や物質科学系の研究において基礎科学の一つのツールであることも理解してもらいたい。今研究炉が止まっていることに対しても、将来原子力発電所で働く人を教育できないという観点から取り上げられがちだが、例えば京都大学原子炉実験所など、がん治療ができなくなってしまい患者たちに影響が出ているというケースもあるはずだ。直接原子力を利用する研究でなくても、原子炉がなければ成り立たなかった研究や開発はたくさんある。研究炉が停止してしまった現在、こうした研究開発を全て海外で行わなければならず、日本の基礎科学力が弱まることにつながる恐れがある。もっと広い意味で原子力を位置づけ、その中で研究炉が必要という議論をしていくべきだと感じる。
(中村真紀子記者取材)