福井大学 さまざまな考え方に触れながら原子力と地域の共生めざす
~大学院工学研究科 原子力・エネルギー安全工学専攻 川本 義海 准教授に聞く~
<「共生」の視点を大切にしながら原子力安全を学ぶ>
原子力・エネルギー安全工学専攻では「安全」と「共生」を理念として掲げている。原子力の安全を確保するのはもちろんであるが、「共生」は本専攻の一つの目玉であり、原子力がどのようにして地域とより良い関係を作るのかということをテーマとして研究している。ここではコアな原子力技術者を養成するばかりでなく、技術と社会との接点をどのようにうまく調和させていくのかといった科学を超えた問題を考えていく「トランスサイエンス」のようなことも含まれる。原子力発電に対して賛成か反対かというだけでなく、地域の中で現実を見て原子力をもっとうまく使っていく方法を考えていく、あるいは必ずしも原子力を使っていくだけでなく止めていくというのも一つの選択肢かもしれない。いろいろな考え方をみんなで共有していく環境づくりに取り組んでいる。
通常の講義以外の取り組みの一例として、電力会社や原子炉メーカーなどのOBから成る原子力学会シニアネットワーク(SNW)との対話集会を毎年行っており、福井大学と福井工業大学が毎年交代で主幹となっている。SNWメンバー約10人程度と学生50~60人が集って、それぞれ廃棄物や廃炉措置など興味ある分野ごとに分かれたグループで議論を行う。SNWメンバーは学生が圧倒されるくらい元気があり、学生に対してもっと勉強しろと叱咤激励するなど、次の世代にしっかりやってほしいと期待をかけているのを感じる。
福井大学の学生は比較的まじめな学生が多く、全国からやってくる他大学の学生とのワークショップでもきちんと考えてはいるもののどちらかというと聞き役に回ってしまい、もう少し頑張ってほしいと歯がゆい感じも持つこともある。ただ他の学生たちと交わる中で、違いを自分で感じる経験は大事なことだと思っている。福井大学の学生たちは普段は真剣に物事を考えてないように思えても、話をする場を作り一緒に考えていく仲間もいると原子力についてもしっかりと議論ができる。以前の世代は場など作らなくても仲間が集まればどんどん議論していたものだが、大学では議論の機会はあまりなく、そのような場に出されることもほとんどなかったように思う。今の学生には対話集会などさまざまな議論の場を設けており、多様な意見を聞きながら自分で考えていく力をぜひ身に付けてほしい。
<原子力を身近に考えられる福井県の特性を活かす>
本学は、敦賀市、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所等などと協定を結んでおり、原子力防災などでの共同研究も盛んである。また美浜町にある原子力安全システム研究所には連携講座で協力いただいており、こうした機関が近くにあることは、客員教授として大学に来ていただいたり、大学とは違うスタンスからの話を聞くことができたりするので、本当に心強い。
現在本専攻では福井大学の学部生がそのまま進学するパターンが一番多いが、毎年数名は他大学を卒業した学生が入学しており、地元に原子力発電所もあり研究機関もある福井だからという理由で、他の大学院とは違うものを期待して学びに来ている。また、海外からの研修生や留学生も学んでおり、海外の人は福井という地名は知らないとしても、原子力発電所が沢山あるところだと説明すれば、福井県で何を学び経験してきたかアピールできると思う。
物事の考え方というのはこれまでの生き方や置かれてきた環境に左右されるものであり、原子力を身近なこととして考えられるかどうかというのも自分の経験が結構効いてくる。福井大学は、福井高専や福井県立大学などと比べると地元出身の学生率は低い。しかし県外から来た学生でも福井県にいると、わざわざ原子力について知ろうとしなくても、県内の原子力発電所のニュースを聞いたり、海へ行った時には原子力発電所が見えたり、いろいろなところから原子力の情報が自然と入ってくる。原子力施設が多く存在する福井で勉強することで、原子力についても自分のこととして考えやすいのではないかと思う。都市部で原子力について議論をしていると他人事としてしか考えてない印象を受けて違和感を覚えることがあり、色々なことを言ってはいるけど地元はそれを24時間365日体感していることはなかなかわからないだろうなと感じることがある。
また敦賀には、福井大学附属国際原子力工学研究所がある。同研究所は2009年の立ち上げ当初は福井大学文京キャンパス内に設置していたが、2012年から敦賀キャンパスへと移動した。福井大学大学院原子力・エネルギー安全工学専攻での10年間の実績を足がかりとして、原子炉の安全や廃炉の取り扱いなどを専門とする研究者が集まり、世界に通用する原子力人材育成を行っている。さらにここでは地元の人向けに、放射線についての理解促進や避難の時の防護服など実物を見せながらセミナーなども行っている。
<他大学や海外などさまざまな場所で学ぶ機会も>
日本原子力研究開発機構と、東工大、金沢大、岡山大、茨城大、大阪大、名古屋大との7大学による原子力教育大学連携ネットワークでは、夏休み期間の一週間、各大学の学生たちが集まって講義を受けたり発電所を見学したりする機会がある。それぞれの大学で開催時期が少しずつずれているので、全ての大学での実施に参加する熱心な学生もおり、毎週のようにどこかへ勉強しに行っている状態になる。こうした場では、他の大学の先生とも話ができるし、その場で友達になった学生と就職してから再会するということもある。ネットワークが活かせるのは将来の仕事をする上でも良いことだと思う。残念ながら現在国内の研究炉は停止中であるため、大学で実際の炉を経験せずに終わってしまうことを関係者は本当に心配している。
また、フランスなど海外に行く機会もある。たとえ今の時点で実力が十分でなかったとしても、優秀な人との場に晒されればそれなりに自分が変わっていくものだ。「こういうところで仕事できたらいいな」「頑張ればこういうところでも働けるかも」と意欲につながり、将来の希望が見えてくるだけでも意義がある。
<行政や電力関連ほかで幅広く活躍する人材を輩出>
2011年に福島第一原子力発電所事故が起こり、一時期原子力関連を専攻する学生が少し減ったという話も聞くが、大幅に減少することはなかった。むしろ事故後には、就職先として安定しているからというだけでなく、安全をしっかり守っていかなければという意識を持った学生が入ってきているように思う。今のままでいいのかと真剣に考える学生が増え、志望者数も持ち直してきている。
ただし将来が見えないからという理由で原子力を専攻することに反対する親もいるようで、最近の学生は従順なのか親の意向が就職にも影響しているということも聞く。しかし近年廃炉や廃棄物の問題も大きく扱われるようになってきており、逆に原子力業界は他の企業よりも安定していて長く勤めていけるとわかってくる学生が増えてきている。
本専攻を修了した学生の就職先は、電力会社や重電、放射線管理など幅広い分野に及んでいる。日本原子力研究開発機構や規制庁のほか、行政職員として県の原子力行政の一翼を担う学生も出てきており、福井県の原子力安全対策課や、隣の滋賀県で福島第一原子力発電所事故後にできた原子力セクションでも卒業生が活躍している。原子力関連のメーカーに勤めていたが、震災を経験して考えが変わったのか、福井に戻ってきて行政職員になった卒業生もいる。
2014年3月に開催した福井大学大学院原子力・エネルギー安全工学専攻10周年シンポジウムには、行政や電力関係、研究機関などに就職したOBなどを含めて100名以上が集まり、原子力を学ぶ後輩に向けて現在の仕事でのやりがいやこれまでに学んだことの大切さなどを話した。10周年を機にこれまでの歩みを振り返り、今後新たな10年に向けた展望をまとめた資料も作成した。
2016年度からは大学の改組により、学科ではないがコースとして原子力安全工学コースを設置して、学部に入学した時点で原子力をやりたいという学生がストレートに集まってくることになる。これまで本学に対する外部評価で、大学の入り口である学部の時点から原子力の専門課程を作るべきと指摘されてきたが、ようやく実現することになる。
原子力界では福井県が「西の拠点」であると言われる。東の横綱はやはり東海村であり、研究から成り立ってきている。一方で敦賀は商業炉からスタートしたのが特徴だ。さらに研究面も強化して福井県の特性をアピールしていきたいと考えている。原子力をコアとしながら広くエネルギーという視点も含めて考えていく一拠点にしたい。
~大学院工学研究科原子力・エネルギー安全工学専攻川上祥代氏よりメッセージ~