帝国繊維 先進的防災事業で社会や事業の安心・安全に貢献
帝国繊維株式会社は、消防用ホースのトップメーカー。安田銀行(後に富士銀行、現みずほ銀行)を興した安田善次郎により1907年(明治40年)に「帝国製麻」として設立された。現在、防災事業と繊維事業を展開する。同社の消防用ホースは国産としては第一号。災害時に出動する特殊車輌や救助用資機材など、災害対応や危機管理に対する製品を展開し、現在に至る。2011年に発生した東日本大震災で被害を受けた福島第一原発を危機から救った大量送水システムが同社製であることは一般にはあまり知られていない。2018年7月26日に設立から111周年を迎え、祝賀会を開催したばかりという同社の常務取締役 防災統括部長の桝谷徹氏に話を聞いた。
消防用ホース100年の歴史
明治のはじめに機械紡績による製麻事業が各地に立ち上がり、後に、安田善次郎が製麻各社の合併を提唱した。これが同社設立の由来だ。戦前で従業員が1万数千人という事業規模。災害時の救護天幕、船舶のハンモックや帆布、郵便用郵袋など設立前から市民生活のあらゆる分野に同社の製品は普及していた。
合成繊維がなかった時代は、多くに麻が使われていた。麻は水に濡れて膨潤し、繊維どうしが密着するのでホースとして使える。消防用ホースのほか、服地、シャツ地、ナプキン、タオル、ハンカチーフなどの家庭用リネンも扱い、同社の製品は古くから百貨店に並ぶ。
戦後は、国内唯一の繊維企業だったこともあり、財閥企業解体の流れを受け、3社に分割された。「帝国繊維」に社名を変更したのはこの時期のこと。昭和天皇皇后両陛下が国内の企業を巡行する際に栃木県の鹿沼市にある同社の工場を訪問されている。戦後の高度成長期には繊維業界でも天然繊維からナイロンやポリエステルなどの合成繊維に広がりを見せ、産業素材としての麻の需要が激減し、苦戦する時期もあった。そんな中でも「社会の安全、生活文化の向上に貢献する企業」という基本理念を貫き、防災事業を発展させた。消防用ホースに関係して、消防士が必要とする被服や救助用資機材、消防システム車両など、扱う製品を拡大。世界中から選りすぐりの機器、機材を輸入販売する。また、テロ災害を含めCBRNE(※)関連の特殊災害向けに、検知・防護・除染・監視の4分野で最新の資機材も先進各国から導入している。
例えば、「遠距離大量送排水システム車」は、震災や林野火災、石油タンク火災などが発生した際に必要となる大量の消火用水や、原子力発電所の冷却用水などを遠距離から送水することができるシステムを搭載している。ここで使われるポンプはオランダのハイトランス社製を採用。オランダは干拓地で、海よりも低い土地の周囲に堤防を築き風車や蒸気ポンプで常に排水し続けなければならず、その技術は極めて優れている。こうした技術を世界中から取り入れ、国内の災害時の対応に活かしている。国内では、頻繁に発生する大規模な自然災害に国民の生活がおびやかされている。東日本大震災による福島第一原発事故が発生した時、同社はどのような関わりがあったのかを聞いた。
東日本大震災から原子力産業の防災事業を本格稼働
「原子力産業との関わりは東日本大震災がきっかけでした」と桝谷部長。
2011年3月に発生した東日本大震災により、福島第一原発では未曾有の事故に見舞われた。水素爆発した3号機の使用済燃料プールは、電源が喪失し冷却装置が機能しなくなり、水が充足されず危機的状況にあった。ここへ東京消防庁警防部長の佐藤康雄氏とハイパーレスキュー隊が駆けつけた。地震と津波による被害は甚大。瓦礫も多く作業は困難を極める中、隊員の安全を確保しながらも3号機への注水に成功。この様子は多くの国民がテレビ中継で見守った。海から大量の海水を吸い上げ、直径15センチ、約800メートルの消防ホースで、3号機に向かって注水する作業に使われたのは、遠距離大量送水システム「スーパーポンパー」。消防ホースのメーカーとして知られる帝国繊維が東京消防庁に災害対策用に納めたものだ。桝谷部長もテレビを見ており、「ハイパーレスキュー隊が弊社のホースで注水して、危機を堰き止めたのを目にした時は涙が出ました」と当時を振り返る。
一般的な消防車は、吸水管を消火栓や防火水槽に接続して放水するのだが、大規模な災害時は消火栓配管が壊れることが想定されるほか、消防車の水槽に積めるだけの水量では足りない。河川や海から吸い上げて放水しつづけなければならない。福島第一原発で使われた「スーパーポンパー」は、2台で1セット。1台はホース、もう1台にはポンプが積まれる。1800メートルまで対応できるが、福島第一原発では1本50メートルのホースを約800メートル繋いだ。東京消防庁は、あの当時で6セット備えており、そのうちの1セットが使われた。
同社の防災製品は消防庁、防衛省、警視庁には納められてきたが、これ以降、全国の原子力発電所への「移動式大容量送水システム」の配備が進んだ。災害時の冷却と放射性物質飛散の防止を目的とし、5年かけてほぼ導入を終えた。桝谷部長は「原子力発電所向けに出荷したホースの長さは合計すると約30万メートル」と明かす。名古屋と大阪の距離もある。出荷台数は100台以上。各電力会社のコーポレートカラーに塗装したシステム車輌を納入した。
防衛省は2001年に東チモールで水害が発生した時に、この装置を輸送し、排水と給水で救助支援をした。被災地での排水のほか、生活用水と浄水器で真水にした飲料水の確保に役立てた。また、自衛隊が救助などで使う天幕も同社製がほとんどという。
猛暑対策で冷却ベストを開発
猛暑の中、屋外で作業をする人に朗報と言えよう。宇宙服の全身冷却下着の設計から民生化するに適した部分を最大限に活かし、上半身モデルに簡素化した「冷却下着ベスト」をJAXAと共同で開発した。氷水が通る細いパイプを巡らせた薄手のジップアップ型のベストは軽量で快適な着用感がある。消防服や化学防護服を着用するような過酷な環境下でも涼しさを保てる。炎天下における熱中症対策などにも効果が期待されている。「建設現場で働く人に着てもらえれば」と桝谷部長。来る2020年の東京オリンピックもそうだが、甲子園など屋外で行われるイベントで、少なくとも会場の安全を守るスタッフが着用するにふさわしい一品ではないだろうか。
(※) CBRNE は、Chemical、Biological、Radiological、
Nuclear、Explosive materials の頭文字
お問い合わせ先:企画部 TEL:03-6256-9316(直通)