コラムSalonから メディア・ハラスメントの誕生 ―今後、メディアの信頼回復策はあるのか―

2019年7月19日

食生活ジャーナリストの会代表 小島 正美 氏

 いったいメディアはいま、どんな情報を市民に届ければ、信頼される存在になるのだろうか。新聞やテレビ、週刊誌などのメディアへの信頼性がますます低下する中でメディアの生き残り策はあるのだろうか。私は、読み手に「反論権」をあらかじめ与えるのが生き残り策のひとつだと考える。どういうことかを述べてみよう。

 

■一部週刊誌の非科学的言説
 最近の一部週刊誌の食品のリスクに関する記事を見ていると、もはや言論というよりも、非科学的な言説の一方的な垂れ流しであり、言論の自由の範疇に収まり切れない要素をもっているのではないかと感じることがある。
 「食べてはいけない国産食品の実名リスト」との派手な見出しで事業者と製品名を挙げて、「これが危ない食品のランキングです」といった週刊誌の記事のことだ。たとえば、「食品添加物が子供の自閉症の原因になっている」とか「うま味調味料のグルタミン酸ナトリウムが脳の障害を起こす」とか「パンに使うイーストフードは体に悪い」とか「アルミニウムは子供の発達障害と関連がある」とか、およそ科学的とは言いがたい言説を平気で記者たちが書いている。
 この種の記事に登場するコメント諸氏は、私から見れば、いつも偏った評論家か学者、市民活動家ばかりだ。その名前をリストに挙げることは簡単にできる。その数が10人程度と少ないからだ。
 名指しされた事業者は反論の機会も与えられず、ただただ泣き寝入りするしかないようだ。
 もちろん、この種の記事に対しても、無添加表示で商売をもくろむ一部の事業者は大喜びだろうし、食品添加物を敵視する一部市民は喝采を送るだろう。
 しかし、食品の科学に詳しい学者に聞けば、だれ一人として、そうした記事を称賛する人はいない。そうした記事は、科学論文のように第三者のレフリーの目(査読)を経たわけではない。いうなれば、雑誌側の記者たちと一部の評論家諸氏が勝手に作り上げた粗雑な物語といってもよい。
 では、なぜ、この種のひどい記事がいつまでも存在し続けるのか。モノを売買する市場では、欠陥商品を売る評判の悪い店や会社はいずれ淘汰されてもよいはずだが、なぜか生き残っている。

 

■メディア・ハラスメントではないか
 名指しで非難された事業者からみれば、一方的に書かれっぱなしのままであり、反論する術もない。私はいつしか、これは言論によるハラスメントではないかと思うようになった。相手の言い分を聞くかのようなポーズを見せながら、最初から結論ありきの記事を一方的に書きまくる。言論による「いやがらせ」としか思えないようなスタンスである。
 これを「メディア・ハラスメント」と呼びたい。
 そもそもハラスメント(Harassment)とは何か。ネットで検索してみると、分かりやすい大阪医科大学の定義が出てきた。
 どんな内容かを以下に記してみる。
 ―「いろいろな場面での『嫌がらせ、いじめ』を言います。その種類は様々ですが、他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えることを言う」―。
 本人の意図に関係なく、つまり、相手の言い分をよく聞かずに一方的に相手の嫌がることをしたり、不利益を与えたりする行為である。週刊誌による一方的で横暴な言論はどうみても、この定義にあてはまるように思える。

 

■勇気をもって行動し、評判をつくる
 では、ハラスメントを受けたら、どう対処すればよいのか。大阪医科大学は先ほどの説明のあと、次のような提言をしている。
 ―「一人で我慢せず、勇気をもって行動し、はっきりと自分の意思を伝える。受けた日時を記録し、相談窓口に助力を求める」―
 つまり、泣き寝入りせず、勇気をもって行動することが大事だといっている。これは通常のセクシャルハラスメント(セクハラ)などではごく常識的な対処法だろうが、この言論によるハラスメントの世界では、この種の対処法が全く機能していないことに気付く。 私と唐木英明・東大名誉教授が共同代表を務めるメディアチェック団体「食品安全情報ネットワーク」(個人で集まったボランティア集団)はこれまでにおかしな記事を見つけたら訂正を申し入れるなどの活動をやってきたが、これからは「この記事は不正確です。ミスリードする内容が多く、信頼性は低い」といったような評価作業を行い、その評価結果を当該メディアに送り、なおかつ他の多数のメディアにも送るというアクションを起こすことを決めた。
 試験的に、ある新聞の食品添加物に関する記事をみなで読み、「ミスリードする内容で不正確」との評価をくだした。評価する基準は主に「科学的な根拠が適切に示されているか」「大げさに伝える誇大な見出しになっていないか」「事実関係の説明に誤りがあるか」の3つだ。
 この評価に基づく評判を世間一般に知らせることによって、その評価にふさわしい報いを受けてもらおうという活動である。決して言論を否定するわけではない。目的はあくまで評価を通じた評判作りである。
 そもそも、この種のメディアチェック活動が必要なのは、当該メディアが読み手に対して「この記事への反論を載せます。ご意見をお寄せください」という反論権を認めていないからだ。メディアが読み手に反論権を与える姿勢に転じれば、その時はそのメディアは市民から信頼され、守るべき市民の代理人としてのメディアに格上げされるだろう。反論を載せることこそが言論メディアの生き残る道だと考える。

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