特集企画 MIT報告書「炭素制約の世界における原子力エネルギーの将来」

2018年9月10日

 

(序文からの抜粋)

炭素制約の世界における原子力エネルギーの将来に関するMITのエネルギー・イニシアテイブによる研究は、エネルギー・環境を含む複雑で重要な課題に光を当てる「〇〇の未来」研究の8番目のものである。

[訳者註] 過去の8件の研究は原子力発電の将来 (2003)、地熱エネルギーの将来(2006)、石炭の将来(2007)、原子力発電の将来改訂版(2009)、天然ガスの将来(2011)、原子燃料サイクルの将来 (2011)、電力系統の将来(2011)、太陽エネルギーの将来(2015)で、全てhttp://energy.mit.edu/research-type/future-of/よりダウンロード可能

 

炭素制約の世界における原子力エネルギーの将来に関するこの研究の中心テーマは、急速に増加する世界のエネルギー需要に炭素制約の下で貢献できる大規模技術の役割を理解することである。原子力が確かに重要な役割を果たすことができることは2003年に出された原子力発電の将来に関するMITの学際的研究の主題であった。

最近の「〇〇の未来」研究では、CO2隔離の役割、天然ガス、電力系統、および太陽光発電を展望した。 2003年に出された原子力発電の将来に関する研究が2009年に更新された後、固有安全技術の進歩があり、エネルギー分野でのCO2排出量を削減する必要性が先鋭化し、一方ではコストや公衆の安全への認識という挑戦のある中、原子力を新たな目で見つめ直す適切な時期であると考える。

この研究は、バランスが取れ、事実に基き、原子力関係者に分析を主としたガイドとなるように考えて行われた。政策立案者、公益事業、既存および新興のエネルギー企業、規制当局、投資家、その他電力関係者が、米国および世界の原子力エネルギーが現在直面している課題と機会をより良く理解するためにこの研究成果を利用頂ける。この報告書は、二年間の調査研究、現状の把握および定量モデル作成とそれによる解析の成果である。

 

(エグゼクティブサマリー)

原子力の平和利用は20世紀における科学技術の成果のなかで最も驚嘆すべきものの一つであった。恩恵は医学、安全保障、エネルギーなどに及ぶ。 しかし、数十年に亘る急速な成長の後、原子力への投資は多くの先進国で停滞し、原子力エネルギーは今や世界の一次エネルギー生産の高々5%を占めるに過ぎない。

 

21世紀において、世界は、数十億の人々にエネルギーへのアクセスを可能にし、経済的機会を拡大する一方で、温室効果ガスの排出を大幅に削減するという新たな課題に直面している。我々は、大幅な脱炭素化の対象として早くから広く認識されてきた電力分野での温室効果ガスの排出削減問題を検討した。世界の大部分の地域で、2050年に予測される電力需要に対応しながら同時に排出量を削減するには、現在のシステムとは異なる発電設備を混在させる必要がある。さまざまな低炭素技術またはゼロ炭素技術をさまざまな組み合わせで使用することができるが、我々の分析では、原子力が需要に柔軟に対応する低炭素技術として貢献できる可能性を示している。その貢献がなければ、大幅な脱炭素化目標を達成するためのコストは大幅に増加する(図E.1の左欄を参照)。最もコストの低い発電ポートフォリオでは、原子力がかなりの部分を分担し、そのシェアは原子力のコスト低減に伴い大きく増加する(図E.1右欄)。

 

にもかかわらず、原子力エネルギーの利用拡大の展望は世界の多くの地域で明るくはない。 基本的な問題はコストである。 他の発電技術はここ数十年で安くなってきたが、原子力発電所の新規建設費用は高くなるばかりである。この厄介な傾向は、原子力の貢献できる余地を少なくし、大幅な脱炭素化達成に要する費用の増加に繋がる。 この研究では、我々はこの傾向を押しとどめ、逆転させるためには何が必要かを検証した。

 

我々は、世界中の最近の軽水炉建設プロジェクトを調査し、開発中の先進的原子力プラントの概念および設計の広範囲に適用できる横断的技術の最近の進捗状況を調べた。 コスト問題に対処する上で、以下の推奨事項に至った。

 

(1)新規原子力発電所建設の成功の確率を高めるため実証済みのプロジェクト・建設管理の実績の利用に重きを置くこと

米国と欧州における原子力建設プロジェクトの最近の経験では、予め決めた期間と予算内で完成する能力の点で建設管理において失敗が繰り返されていることを示している。 以下のような是正措置が緊急に必要である:

(a)施工前に詳細設計の大部分を完了させること

(b)実証済みのサプライチェーンと熟練労働力を使用すること

(c)プラントシステム・構造物・機器が関連する基準に適合しつつ効率的に製造・建設されるよう設計されていることを保証するために、設計プロセスの初期段階で、メーカーおよび施工業者を設計チームに組み込むこと

(d)複数の独立した下請業者を管理した実績のある専門家を擁する単一の主契約マネージャーを任命すること

(e)全ての請負業者がプロジェクトの成功から確実に利益を得られるような契約を確立すること

(f)小さくかつ予想外の設計変更に適宜適応できる柔軟な規制環境をつくること

 

(2)煩雑でサイト特有部分が多く現場施工に大きく依存する部分があるプラントからシリーズ生産可能な標準化プラントに変えること

これにより新規原子力発電所の資本費を大幅に削減し、建設スケジュールを短縮する機会がもたらされる。複数の標準プラントを単一のサイトに建設する場合、シリーズ建設からかなりの学習効果が挙げられる。建設現場の生産性が低い米国と欧州では、複雑なシステム・構造・機器を工場生産にすることにより製造業の高い生産性が利用可能になる。工場や造船所でのモジュール作成、先進的コンクリート技術(例えば、鋼板とコンクリートの複合材、高強度補強鋼、超高性能コンクリート)、免震技術、先進的なプラントレイアウト(例えば、着床型オフショア立地)などの一連の(汎用性の高い)横断的技術の使用は新規建設のコストと工程にプラスの影響を与える可能性がある。あまり複雑でないシステム・構造・機器の場合や建設部門の生産性が高いアジアでは従来の手法でも費用がかからないだろう。

 

これらの推奨事項がすべての原子炉概念と設計に広範に適用可能であることを強調したい。 コスト削減は、進化型の第三世代軽水炉・小型モジュラー型原子炉(SMR)・第四世代炉[註記:文末を参照]にも関わる。

設計標準化や建設アプローチの革新がなければ、先進的な原子炉に固有の技術的特徴によって、原子力発電が他の発電手段と競合できるのに必要なコスト削減を生み出すとは考えられない。高コストに加えて、(2011年に福島で発生したような)第二世代炉の従来設計の原子力発電所での重大事故の結果について公衆が抱く懸念が原子力発電の拡大に妨げとなってきている。これらの懸念により、一部の国は原子力を完全に放棄した。

 

安全上の問題に対処するために、我々が推奨するのは;

(3)固有かつ受動的な安全機能を組み込んだ原子炉設計への移行

化学的にも物理的にも安定した炉心材料・高い熱容量・負の反応度フィードバックおよび核分裂生成物を保持するといった高い(固有安全の)能力があれば、非常用交流電源を殆どあるいは全く必要とせずとも事故時の外部からの介入も最小限で済むような工学的安全システムと相俟って、運転操作を単純にし、かつ人的過誤に対する高い許容度を持つ。

そのような設計の進化は中国・ロシア・米国で建設されているいくつかの第三世代軽水炉ですでに示されている。受動的な安全設計は、重大な事故が発生する確率を低減させ、事故が発生した場合においても敷地外への影響を緩和できる。

そのような設計は新規炉の許認可を容易にし、先進国でも開発途上国においても新規炉の設置を加速できる。我々は、軽水炉ベースの小型モジュラー型原子炉SMR(例えば、NuScale)のような新型炉と成熟した第四世代原子炉概念(例えば、高温ガス炉およびナトリウム冷却高速炉)はこのような特徴を有しており商業化の準備が整っていると判断する。さらに、米国および国際的な規制環境はこれら新型炉設計の許認可に対応する十分な柔軟性があると評価している。現行規制体系のある程度の変更により効率と許認可に際してのレビューの有効性を高めることも可能であろう。

 

GenXと呼ばれるMITのシステム最適化ツールを用いシミュレーションを行った。 所与の電力市場において、計算に必要なインプットは、時間当たりの電力需要・時間別の天候パターン・全ての発電所(原子力、蓄電池を伴う風力・太陽光発電、炭素回収・貯留の有無をオプションとした火力発電)のコスト(資本、運営、燃料)およびそれら発電所において可能な出力上昇率である。GenXシミュレーションはそれぞれの市場における平均システム電力コストを最小限に抑える電源ミックスを特定するために使用される。

 

 

図E.1:米国のニューイングランド地域と中国の天津 – 北京 – 唐山(T-B-T)地域において(左)平均発電コスト($ / MWhe単位)と(右)原子力設備容量(ピーク需要に対する割合%)が、異なる炭素制約値(gCO2 / kWhe)と2050年に利用可能なさまざまな技術の3つのシナリオによってどう変わるかを示す。3つのシナリオとは:(a)原子力無し、(b)原子力を平均的なオーバーナイト建設費(建設中利子なし)すなわちニューイングランドの場合は$ 5,500/kWe、T-B-Tの場合は$ 2,800/kWeで建設した場合、c)原子力を安いオーバーナイト建設費(建設中利子なし)すなわちニューイングランドでは$ 4,100/kWe、T-B-Tでは$ 2,100/kWeで建設した場合である。

 

強い炭素制約を伴う場合に「原子力無し」シナリオで見られるコスト上昇は、主として変動する再生可能エネルギー技術だけを利用するシナリオで必要となる追加の設備設置(ピーク需要に対応する設備形成)とエネルギー貯蔵コストに起因するものである。現在の世界平均では電力部門における炭素強度は、1キロワット時あたり約500グラム(g / kWh)のCO2放出相当である。 気候変動に対応するために2017年に国際エネルギー機関(IEA)が策定した安定化シナリオでは、温度上昇を2℃に抑制する為に必要とされる電力部門の炭素強度は2050年には10〜25g / kWh、2060年には2g / kWh以下である。

 

最後に、原子力エネルギーの恩恵を受けるために政策立案者によってとられる必要のある行動のなかで主要なものを列記すると;

 

(4)脱炭素政策は、すべての低炭素発電技術がそれぞれが持つメリットをベースに競うことを可能にする公平な競争の場を用意すべきである。

原子力イノベーションへの投資家は、市場において考慮されていないCO2排出削減価値などを含めた原子力の実際の価値全体に応じて自社製品を最大限の価値で販売して利益を得る可能性を見るようにしなければいけない。原子力を抑制する政策は原子力技術への投資を弱める。これにより脱炭素化コストが上昇し、気候変動緩和の目標に向けた進捗を遅らせる可能性がある。CO2排出原価を電気代に組み入れることで、すべての人が気候に優しいエネルギー技術の持つ価値をより公平に認識できる。 既存発電所であれ新設であれ、原子力発電は公平な競争の場からメリットを受けることになる。

 

(5)米国のみならず、政府は企業が規制当局から許認可を受けることを目的とした試験と運転のためにプロトタイプ原子炉を設置できる原子炉サイトを用意すべきである。

そのようなサイトは、プロトタイプ原子炉の試験に興味を持つ企業が選択した多様な原子炉設計概念を受け入れるべきである。政府は適切な安全監督と支援(安全確保のためにとるべき手順、インフラ、環境関連の許認可、および燃料サイクルサービスを含む)を提供し、すべてのテストに直接関与すべきである。

 

(6)米国のみならず、政府は先進的な設計の原子炉のプロトタイプテストと商業的利用に関して以下の四つの手段で資金を提供するプログラムを設けるべきである。

(a)規制当局による許認可に必要な費用を分担するための資金

(b)研究開発費を分担するための資金

(c)特定の技術的マイルストーンの達成のための資金

(d)新しい設計で試験運用を成功させたことに関する設計製造者への報酬(プロダクション・クレジット)の資金

 

この研究の調査過程でより多くの発見があった。これらの結果の詳細な議論は、研究報告書の概要と本体で五つの主要トピック分野(原子力のもつチャンス、原子力発電所のコスト、先進原子炉技術の評価、原子力産業界のビジネスモデルと政策、原子炉の安全規制と許認可)に分けて書かれている。

 

以上

 

 

 

[註記]  原子炉設計は、四つの世代に分類されることが多い。 1950年代後半から1960年代という商業化の初期段階で建設された原子炉は、第一世代に分類されている。1970〜1990年に建設された原子炉は第二世代であり、第三世代の原子炉は第二世代炉を進化させ改良させた原子炉である。第四世代炉は、冷却材として水以外を利用する原子炉を主体としたいくつかの先進的設計の炉に対する分類で今日開発中のものである。

 

(著作権について)

このMIT報告要約の邦訳は日本原子力産業協会の要請のもとに、MITの承諾を受けて当該研究の諮問委員会委員である尾本彰氏によって翻訳されたものであり、翻訳者との合意の下で著作権はMITに帰属する。

 

(Copyright)

This Japanese translation is the product of work by the request of JAIF, under a consent from MIT, by Akira OMOTO, who is a member of the Advisory Committee for this study. Copyright of this document belongs to MIT.

お問い合わせ先:企画部 TEL:03-6256-9316(直通)