【3】原賠法適用の条件と原子力損害の形態

 今回は、原賠法適用の条件と原子力損害の形態についてQ&A方式でお話します。

q1
(適用の条件)
原賠法はどんな場合に適用されるのですか?
a1
原賠法には適用の条件が定められています。
事例を分けてわかりやすく説明すると次のようになります。

【1 原子力発電所の運転中に事故が発生し、放射性物質が大量に放出された場合】

 これにより生じた損害(原子力損害)については、原賠法の定めにより原子力発電所を運転する電力会社のみが損害賠償責任を負います。

【2 原子力発電所の運転中に高温の蒸気(非汚染)が通っている配管が破断して死傷者が出る等の損害が発生した場合】

 この場合は原賠法の対象とはならず、電力会社は一般の不法行為責任による損害賠償責任が問われます。(=原子力損害ではありません)

【3 原子力発電所の運転中に事故が発生したが、死傷者が出るなどの損害が発生しなかった場合】

 もともと第三者に損害がなければ法律上の賠償責任の問題にはなりません。放射性物質が放出されていなければもちろん、たとえ放射性物質が放出された場合でも、第三者に損害がなければ原賠法の対象とはなりません。

【4 原子力発電所から窃盗犯により放射性物質が持ち出され、それによって第三者に損害が発生した場合】

 この場合は、原子炉の運転のような原子力事業によって生じた事故とはいえません。そのため第三者に損害が生じても原賠法の対象とはなりません。但し、電力会社の管理が不十分なために盗難が生じた場合には、民法上の管理責任に基づく損害賠償責任が問われます。(原子炉の運転等によらない)

【5 原子力発電所の運転中に地震によって、又はテロリストの攻撃によって、放射性物質が大量に放出された場合】

 これにより生じた第三者の損害は、原賠法の定めにより原子力発電所を運転する電力会社のみが損害賠償責任を負います。

【6 原子力発電所の運転中に想定外の巨大地震によって、又は外国からの攻撃によって、放射性物質が大量に放出された場合】

 これにより生じた第三者の損害は、原賠法の定めにより、電力会社の損害賠償責任とはならず、政府が必要な措置を講じることになっています。

【A1.の解説】

 適用条件となるキーワードは、原賠法に定められている「原子炉の運転等」、「原子力損害」、「原子力事業者」です。
 「原子炉の運転等」とは、原子炉の運転、加工、再処理、核燃料物質の使用、使用済燃料の貯蔵、核燃料物質等の廃棄、およびこれらに付随して行なわれる核燃料物質や汚染物の運搬、貯蔵のことをいいます。「原子力損害」とは、原子核分裂の際の放射線や熱等により生じた損害、核燃料物質等の放射線および毒性により生じた損害をいいます。「原子力事業者」とは、原子炉の運転等を行うことを許可された事業者のことで、原賠法において具体的に規定されており、原子力事業者に対して、「原子力損害」を賠償するための資金的な手当て(損害賠償措置)が原賠法により強制されています。

 原賠法では、「原子炉の運転等」により「原子力損害」を与えたときには「原子力事業者」だけが損害賠償責任を負い、原子力事業者以外の者は責任を負わないことが定められています(無過失責任、責任集中)。ただし、「原子炉の運転等」による損害でも、その損害が「原子力損害」でなければ原賠法の対象にはなりません。

 なお、上記のような損害が「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱」によって生じたものであれば、政府が必要な措置を講じることになっています。

 日本で唯一の実例であるJCO臨界事故(1999年9月30日発生)では、核燃料の加工(原子炉の運転等)の最中にウラン溶液(核燃料)が臨界状態に達して発生した中性子線(放射線)の作用により、作業員(第三者)を死傷させる(原子力損害を与えた)などで、原賠法の適用となり、加工事業の許可を受けているJCO(原子力事業者)だけ(責任集中)が損害賠償責任(無過失責任、無限責任)を負いました。しかし、損害賠償額が当時法律に定められていた損害賠償措置額である10億円を大きく超えて150億円に達したため、被害者救済を完遂するためにJCOの親会社から損害賠償に関する資金的なバックアップがありました。

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q2
(原子力損害の形態)
「原子力損害」とはどんな損害ですか?
a2

 原子力損害は、原子核分裂の際の放射線や熱等により生じた損害、核燃料物質等の放射線や毒性により生じた損害です。事故と損害の間に相当因果関係がある損害は全て含まれ、放射線による身体的損害、物的損害などの直接損害だけでなく、逸失利益等の間接損害も原子力損害の対象となります。
 原子力損害の対象として認められる例を挙げると次のようなものがあります。但し、相当因果関係の有無は個別に判断されるため、損害形態によっては、地域的、時間的な制限が為される場合があります。

① 原子力施設で臨界が発生し、これによる放射線によって第三者が身体に傷害を負った場合の損害。
② 原子力施設所から放射性物質が大量に放出されて、これにより第三者が身体に傷害を負ったり、第三者の財物が汚染されたりした場合の損害。
③ 原子力施設で使用、貯蔵されているウラン溶液やプルトニウム溶液を第三者が摂取し、中毒症状により身体に傷害を負った場合の損害。
④ 原子力施設で事故が発生し、行政による緊急事態措置により、避難した場合の避難費用、および避難等に伴い勤務や事業活動を中止した場合の休業損害や営業損害。
⑤ 原子力施設で事故が発生し、放出された放射性物質による汚染が発生した場合、人体や財物の汚染を検査するための検査費用。
⑥ 原子力施設で事故が発生し、放出された核燃料物質による汚染が発生した場合、汚染されていない農水産物等に関わる生産、営業に生じる風評被害による損害。

 他方で、こうした原子力損害の考えから、認められない例を挙げるとは次のようなものがあります。
① 原子力施設で事故が発生し、周囲への放射性物質等の放出、漏洩が無かったにもかかわらず、所謂、風評被害により農水産物に発生した損害。(核燃料物質の放射線の作用や毒性的作用によらないため)
② 原子力施設での放射性同位元素(核燃料物質を含まない)の放射線の作用により発生した身体障害。(RIは原賠法の対象外のため)
③ 原子力施設の運転中に発生した蒸気(非放射能)配管の破断により発生した身体障害。(核燃料物質の放射線の作用や毒性的作用によらないため)

 なお、JCO事故時には、身体傷害、財物汚損、避難費用、検査費用(人、物)、休業損害、営業損害等が「原子力損害」の対象として取扱われました。

【A2.の解説】

 「原子力損害」とは「核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用もしくは毒性的作用(これらを摂取し、又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害」と原賠法第二条2項に定義されています。すなわち、原子力損害の形態は、①原子核分裂の連鎖反応時に発生する放射線による損害、並行して発生する熱的・機械的エネルギーによる損害、②核燃料物質の放射線による損害、核燃料物質の核分裂に際して放射化された物・核分裂生成物の放射線による損害、③核燃料物質、核分裂生成物(例えば、プルトニウム等)を摂取し、吸入することによって発生する損害であります。

 また、原賠法第二条2項で定義されている放射線の作用等による直接損害だけでなく、これと因果関係のある間接損害も原子力損害に含まれます。JCO臨界事故では、避難要請や屋内退避勧告に伴う避難費用や、働きに出られなかったことによる休業損害、事業や商売が立ち行かなくなったことによる多額の営業損害(風評被害)が原子力損害として取扱われました。

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