今回は、原子力損害賠償に関する国際条約について、その概要をQ&A方式でお話します。
- (国際条約の概要)
原子力損害賠償に関する国際社会の取り決めはどうなっていますか?
- 原子力損害賠償に関する国際条約には次の3系統があります。
- パリ条約、改正パリ条約
- ウィーン条約、改正ウィーン条約
- 原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC)
- 原子力損害の範囲
- 原子力事業者の無過失責任及び責任集中
- 賠償責任限度額の設定
- 損害賠償措置(保険等)の強制
- 専属裁判管轄の設定と判決の承認・執行の義務
3系統の国際条約は以下の内容を共通に備えています。
これらの取り決めによって、条約加盟国の中では原子力損害賠償制度が国際的に有効になり、また賠償の手続きが迅速かつ適切に行われることが期待されます。
【A1.の解説】
原子炉の運転等に関わる事故により大量の放射性物質が放出された場合、特に欧州のように隣国と陸続きの地域では、国境に関係なく原子力損害が広がります。
国境を越えた原子力損害の処理において国際間の取り決めがない場合、責任の所在が定まらないため被害者は損害賠償の請求先が分からず、また、複数の国で多数の裁判が行われることで被告にも多大な負荷がかかるとともに、同様の被害に対して様々な結果が出ることとなり、適切な救済が行われない可能性もあります。この問題に対処するために、事業者への責任集中や裁判管轄権の設定など、原子力損害賠償制度の国際的な共通ルールを定めたものが国際条約です。
原子力損害賠償に関する国際条約には、パリ条約(1968年発効)、ウィーン条約(1977年発効)、原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC:Convention on Supplementary Compensation for Nuclear Damage 1997年採択・未発効)の3系統があり、付随してパリ条約とウィーン条約を連結して保護を拡大するジョイントプロトコール(1992年発効)やパリ条約に関連して責任限度額を超える損害に対して資金を提供するブラッセル条約(2004年採択・未発効)があります。パリ条約、ウィーン条約については現在それぞれ改正議定書が採択されています。
これらの国際条約には、原子力損害賠償制度の基本的な原則に加え、事故発生国への専属裁判管轄権の設定や、判決の承認・執行の義務化によって賠償の手続きを確定させ、迅速かつ適切な賠償が行われるような仕組みが定められています。ただし、基本的には同じ条約の加盟国間でなければこれらの仕組みは適用されないため、周辺諸国と同じ条約に加盟することが大切です。
なお、日本は現在、原子力損害賠償に関するいずれの国際条約にも加盟していません。
- (国際枠組みに対する日本の役割)
日本はどうして原賠に関する国際条約に入っていないのですか?
-
- 我が国は島国であり越境損害のおそれが比較的少ないこと、原賠制度が十分に充実していること、周辺諸国が条約に加盟していないことなどから、国際条約に直ちに加盟する必要はないとされてきました。
- しかし今後はアジアにおける原子力利用拡大や、日本の原子力産業界の国際展開に伴い、原子力損害賠償のリスクに備えることが一層大切になってくるため、我が国も具体的検討を始める時期にあると言えます。
【A2.の解説】
日本はこれまで原賠制度に関する国際条約に加盟していません。その理由としては以下のようなものがあります。
(1) 我が国には原子力先進国として各条約に比べて遜色ない水準の原子力損害賠償制度があること(我が国の賠償措置額は600億円であり、平成22年からは1200億円に引上げられることを考えると、改正パリ条約の最低責任限度額である7億ユーロ=約1000億円、改正ウィーン条約、CSCの最低責任限度額である3億SDR=約500億円と比べて遜色ないといえる)
(2) 日本は島国であり他の原子力施設国と陸続きで隣接していないので、万一事故が起こったとしても越境損害に発展する可能性が低いこと
(3) 近隣の東アジア諸国(中国、台湾、韓国など)が国際条約に加盟していないこと
これらの理由から、現時点で国際枠組みに直ちに参加しなければならない状況にはないとされてきたものです。
しかし、今後東アジア地域では大幅な原発施設の増設や東南アジアでの新規建設が見込まれており(アジア地域では現在8,452万kWの原発が運転中、さらに7,403万kWが建設・計画中)、それに伴って国際輸送の増加も予想されます。さらに、原子力プラントメーカーの国境を越えた再編・連携が進んでいることや、米国がCSCを批准したこともあり、我が国も国際的な枠組みに対して前向きに取り組んでいかなければなりません。
また、国際条約は基本的には加盟国間でのみ効力を発揮するため、我が国がアジア地域の原子力先進国としてリーダーシップを発揮し、周辺諸国に対して条約加盟に向けた働きかけをしていくことも大切です。
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