今回は、日本の近隣国であり独自の炉型による原子力開発を行ってきたロシアについてQ&A方式でお話します。
- (ロシアの原子力開発事情)
ロシアの原子力開発はどのような状況ですか?
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- ロシアでは旧ソ連時代に早くから原子力開発が行われ、独自の軽水冷却黒鉛減速炉(RBMK)やロシア型加圧水型炉(VVER)が開発、導入されました。
- ロシアは米仏日に続いて世界第4位の原子力大国であり、27基2,319万kWの原子力発電所が運転されており、さらに建設中、計画中のものが多数あります。また、海外へロシア型原子力発電炉の積極的な輸出を展開しています。
- ロシアでは軍事と民生の両方を含むすべての原子力関連組織が国家会社「ロスアトム」社により統括されており、極めて強力な原子力開発・推進がなされる環境にあります。
- 旧ソ連のウクライナ共和国(現ウクライナ)で1986年に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故では、原子炉の暴走により炉心損傷に至り、多量の放射性物質の外部放出を生じるなど史上最悪の原子力事故となり、国境を越えた損害もありましたが、旧ソ連から他国への賠償は行われませんでした。
【A1.の解説】
1946年に旧ソ連で初めて臨界を達成した研究炉F1は原爆開発のためのものでした。その後、1954年に実用規模では世界最初の原子力発電所である電気出力5,000kWの軽水冷却黒鉛減速炉を運転開始し、この経験を基に出力増強した旧ソ連独自の軽水冷却黒鉛減速炉(RBMK)を中心として、原子力開発が進められました。また、RBMKとは別のロシア型加圧水型炉(VVER)の開発も1950年代から開発が進められており、1970年代以降はVVERが積極的に採用されています。
現在、RBMK11基、VVER15基、高速増殖炉1基の27基*2,319万kW(*他に電気出力10万kW以下の炉が9基ある)が運転されており、ロシアは米仏日に続いて世界第4位の原子力大国です。ロシアでは、ウラン採掘、濃縮、燃料製造、原子力発電所運転、使用済み燃料再処理などの原子力サイクルに加えて原子力発電所用機械製造も含めた民生用の全ての業界企業を傘下に置く「アトムエネルゴプロム」社をはじめ、核兵器部門、研究機関、核安全・放射線防護機関など、軍事と民生の両方を含むすべての原子力関連組織が国家会社「ロスアトム」社のもとに統括されており、原子力界のすべてが一体となっています。
このような体制が国内原子力産業の発展はもとより国外への原子力発電所輸出にも大きな原動力となっており、既に輸出実績がある中国、ブルガリア、ハンガリー、スロバキア等のほか、中東、アフリカ、アジアの新規原子力導入国への輸出も有望視されています。
1986年4月26日、旧ソ連のウクライナ共和国(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉(100万kW, 軽水冷却黒鉛減速炉:RBMK-1000 )において、外部電力供給停止時のタービン発電機の慣性エネルギーの実験中に事故が発生しました。有名なチェルノブイリ原発事故です。原子炉低出力時の不安定性や安全規則違反となる操作により、原子炉出力が急上昇し、燃料の加熱、水蒸気爆発、圧力配管の破壊、原子炉・建屋の破壊により、大量の放射性物質などが外部に放出され、31名が死亡、多くの作業者が高線量被ばく、周辺地域の13万5千人が避難し移住させられ、その後周辺地域では多くの小児甲状腺がんが報告されるという史上最悪の原子力事故となりました。
国際原子力事象評価尺度(INES)では、このチェルノブイリ事故はレベル7「深刻な事故」に該当し、この事故による放射性物質の飛散は旧ソ連3国であるベラルーシ、ウクライナ、ロシアの広範囲な地域を汚染し、さらに国境を越えて他国にも損害を与えましたが、旧ソ連から他国への賠償は行われませんでした。この事故の重大性を踏まえて、原子力安全文化(セイフティカルチャー)の醸成を図るための国際的協力が活発化されるとともに、ウィーン条約、パリ条約の改正議定書が採択されるなど、原子力損害賠償に関わる国際条約の拡充が図られてきています。
- (ロシアの原賠制度)
ロシアの原賠制度はどのようになっていますか?
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- ロシアにおいて原子力関係の法整備が進んだのは旧ソ連崩壊後であり、「原子力エネルギーの利用に関する連邦法」が制定されたのは1995年でした。
- ロシアの原賠制度は「原子力エネルギーの利用に関する連邦法」の中に規定されており、原賠制度の基本的原則(責任集中、無過失責任、賠償責任額、賠償措置)がほぼ網羅されており、環境損害に関する規定もあります。
- 原子力施設運転者の責任限度額はウィーン条約の責任限度額と同等の500万ドル、賠償措置額も同額のため、日本の賠償措置額の30分の1程度となっており、これを超えるものは政府により補償されるとされています。
【A2.の解説】
旧ソ連時代には、原子力開発において安全規制関連の法令、基準・規則類はなく、1970年代に入ってから基準・規則類が整備され始めました。チェルノブイリの事故時点でも法律の整備はなく、ロシアになった後にようやく行われました。
1995年に「原子力エネルギーの利用に関する連邦法」、1996年に「住民の放射線安全関する連邦法」が制定されており、原賠制度は「原子力エネルギーの利用に関する連邦法」の第XII節に「被曝により法人および個人ならびに健康が被った損失および損害に対する賠償責任」として定められています。
また、ロシアは2005年にウィーン条約に加盟しましたが、1997年採択・2003年発効の改正ウィーン条約には加盟していないため、条約上における賠償の範囲や賠償額などについては、必ずしも、現在の国際的水準から見れば十分なものと言えないでしょう。
原賠制度を規定する連邦法の第XII節は、第53条「被曝による個人、法人の損害に関わる賠償責任」、第54条「被ばくによる損害に関わる民事責任の根拠」、第55条「被ばくによる損害の賠償責任の種類と責任限度」、第56条「被ばくによる損害に関する資金的措置」、第57条「被ばくによる損害の補償への国の参画」、第58条「被ばくによる損害の賠償期限」、第59条「放射線による環境損害に対する賠償」、第60条「施設における作業従事者の放射線損害に関わる補償」から構成されています。
具体的には、原子力施設運転者に対する責任集中、無過失責任、賠償責任限度額、賠償措置などが規定されている他に、運転者の責任限度額を超える賠償責任は国が補償する、損害賠償請求期限は3年とする、運転者は本法律及びその他の法律に基づく環境損害の責任を負う、施設における従事者の身体障害は連邦法により補償するとされており、原賠制度の基本的原則がほぼ網羅されています。
ロシアでは賠償責任の上限は「ロシア連邦の国際協定によって定められた額を超えてはならない」と規定されているので、ロシアが加盟しているウィーン条約で定められている500万ドルが運転者の賠償責任の上限となり、この金額までの賠償措置が義務付けられています。賠償措置額は中国や韓国と同レベルではありますが、我が国の1200億円と比べて30分の1程度となっています。ただし、運転者の責任限度額を上回る場合は、政府が運転者に必要額を提供することにより、賠償請求に対処する仕組みとなっています。
なお、ウィーン条約以外の国際枠組みとしては、原子力安全条約、使用済み燃料安全管理・放射性廃棄物安全管理合同条約、原子力事故早期通報条約、原子力事故または放射線緊急事態における援助条約、核不拡散条約(NPT)、包括的核実験禁止条約(CTBT)、核物質防護条約改定条約に加盟しており、IAEA保障措置協定(自発的協定)、追加議定書も締結しています。
*平成22年10月18日現在のレートによる。
○ 原産協会メールマガジン2009年3月号~2012年10月号に掲載されたQ&A方式による原子力損害賠償制度の解説、「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』」を冊子にまとめました。
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