【38】ブラッセル補足条約とジョイントプロトコール

 今回は、パリ条約とウィーン条約を連結するジョイントプロトコールと、パリ条約の制度を補足するブラッセル補足条約についてQ&A方式でお話します。

q1
(ジョイントプロトコール)
パリ条約とウィーン条約を連結するジョイントプロトコールはどのような条約ですか?
a1
  • 「ジョイントプロトコール」とは、類似した規定を持つパリ条約とウィーン条約を結びつけて、それぞれの条約の加盟国における被害者救済措置を拡大するための共同議定書です。
  • ジョイントプロトコールの加盟国間において、事故を起こした国と損害を受けた国が異なる条約に加盟していた場合には、事故発生国の加盟する条約が損害を受けた国にも適用されます。
  • ジョイントプロトコールの加盟国間においては、一つの事故についてウィーン条約又はパリ条約のいずれか一方が他方を排斥して適用されます。

【A1.の解説】

 OECDの枠組みの中で採択されたパリ条約と、IAEAのもとで採択されたウィーン条約は、共に原子力損害賠償に関する国際条約として1960年代に創設され、類似した規定を持っています。しかし、両方の条約に加盟している国はなく、また、条約は加盟国間のみで有効であるため、パリ条約の締約国とウィーン条約の締約国との間に発生する越境損害においては、どちらの条約も効力を持ち得ないことになります。

 このような背景のもと、パリ条約とウィーン条約の連結によって条約の実効性を高めるための議論は1970年代半ば頃から行われていましたが、1986年4月に発生したチェルノブイリ原発事故をきっかけとして急速に実現への機運が高まりました。
 その結果、IAEAを中心として検討が行われ、それぞれの条約の効果を相互に拡張することによってパリ条約とウィーン条約とを結び付けるジョイントプロトコールが1988年に採択されました。

 ジョイントプロトコールとは1988年9月21日に採択され、1992年4月27日に発効した「ウィーン条約及びパリ条約の適用に関する共同議定書」を指します。事故を起こした国と損害を受けた国が異なる条約に加盟していたとしても、ジョイントプロトコールの加盟国間においては、事故を起こした締約国が加盟する条約(ウィーン条約又はパリ条約)に従って他国への越境損害に対する賠償処理が実施されることになります。また、一つの事故に対してはウィーン条約又はパリ条約のいずれか一方が他方を排斥して適用されることとなります。

 2009年7月28日時点において下記の26カ国(○印)がジョイントプロトコールの締約国です。

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 ジョイントプロトコールの主な規定事項は以下の通りです。

第1条(定義)

  • ウィーン条約の定義、パリ条約の定義

第2条(原子力損害に適用する条約)

  • ジョイントプロトコールを適用する上で、ウィーン条約の締約国にある原子力施設の運転者は、パリ条約とジョイントプロトコールの両方を締約する国の原子力損害について、ウィーン条約に従って責任を負う。
  • ジョイントプロトコールを適用する上で、パリ条約の締約国にある原子力施設の運転者は、ウィーン条約とジョイントプロトコールの両方を締約する国の原子力損害について、パリ条約に従って責任を負う。

第3条(事故発生国の条約の適用)

  • 一つの原子力事故に対しては、ウィーン条約又はパリ条約のいずれか一方が他方を排斥して適用される。
  • 事故発生国が締約国である条約が適用される。
  • 輸送中などの原子力事故の場合、責任を負う運転者の原子力施設を持つ国が締約国である条約が適用される。

第4条(通貨交換及び無差別に係る適用)

  • ウィーン条約の1条(定義)と15条(原子力損害の賠償等の資金が、損害が生じた締約国等の通貨に自由にできるよう適切な措置を講じる)に関する条項は、パリ条約とジョイントプロトコールの両方を締約する国に関しては、ウィーン条約の締約国間と同じように適用される。
    ・ パリ条約の1条(定義)と14条(パリ条約は、国籍、住所、居所による差別無く適用される)の条項は、ウィーン条約とジョイントプロトコールの両方を締約する国に関しては、パリ条約の締約国間と同じように適用される。

第5条(署名)

  • ジョイントプロトコールは発効するまでの間、ウィーン条約又はパリ条約に加盟した全ての国が署名できる。

第6条(批准書等)

  • 批准書等は、ウィーン条約又はパリ条約の締約国からのものだけを受領する。
  • 批准書等はIAEAの事務局長に寄託される。

第7条(発効)

  • ウィーン条約の締約国5カ国以上と、パリ条約の締約国5カ国以上による批准等の3ヵ月後に発効する。
  • ジョイントプロトコールは、ウィーン条約とパリ条約の効力がある限り効力を持つ。

第8条(破棄)

  • 締約国は寄託者に対する書面による通知によりジョイントプロトコールを破棄することができる。
  • 寄託者が通知を受領してから1年後に破棄される。

第9条(適用の終了)

  • ウィーン条約又はパリ条約の適用を終了させる締約国は、終了する日をもってジョイントプロトコールも適用されなくなる。

第10条(諸事項の通知)

  • 寄託者は、締約国等と同様にOECDの事務局長に対しても諸事項を通知する。

第11条(原本及び謄本)

  • ジョイントプロトコールの原本は寄託者に寄託され、寄託者はその謄本を締約国等とOECDの事務局長に送付する。

ウィーン条約についてはこちら

パリ条約についてはこちら

ジョイントプロトコールと各条約との関係についてはこちら

q2
(ブラッセル補足条約)
パリ条約を補強するブラッセル補足条約はどのような条約ですか?
a2
  • 「ブラッセル補足条約」とは、パリ条約を補強するものであり、原子力損害に対するパリ条約の賠償額を増額するための条約です。
  • 2004年の改正議定書である改正ブラッセル補足条約は改正パリ条約を補強するものですが、まだ発効していません。
  • ブラッセル補足条約はパリ条約で義務付けられている500万SDRの賠償措置を補足条約加盟国の資金拠出により3億SDRに、一方、未発効の改正ブラッセル補足条約は改正パリ条約で義務付けられている7億ユーロを15億ユーロにします。

【A2.の解説】

 原子力損害賠償に関する「ブラッセル補足条約」とは、「1964年1月28日の追加議定書及び1982年11月16日の議定書により改正された1960年7月29日のパリ条約を補足する1963年1月31日の条約」を指します。この条約は1974年12月4日に発効し、その後1982年11月16日に改正されて現在に至っています。ブラッセル補足条約は2004年にも改正されましたが、2004年2月12日に締結された議定書は発効しておらず(元になる改正パリ条約が発効していないため)、これは「改正ブラッセル補足条約」と呼ばれています。

 欧州では原子力開発の初期段階から越境損害に関わる賠償問題に備えて国際間のルール作りが進められてきました。ブラッセル補足条約は、1960年に採択されたパリ条約の制度を補足するものとして、原子力損害に対する賠償額を増額するための条約です。
 ブラッセル補足条約を締結すると、パリ条約で義務付けられている500万SDR(約6億円)の賠償措置に加え、1億7500万SDR(約209億円)までは補足条約の原子力施設国が用意する公的資金によって支払われ、1億7500万SDRから3億SDR(約359億円)までは同条約の締約国が用意する公的資金によって支払われることになります。未発効の改正ブラッセル補足条約は同様に、改正パリ条約で義務付けられる7億ユーロ(約696億円)に加え、12億ユーロ(約1193億円)までは原子力施設国の公的資金によって、15億ユーロ(約1491億円)までは締約国により用意される資金から支払われることになります。

 2010年5月5日時点において、ブラッセル補足条約には、パリ条約加盟国のうち以下の12カ国(○印)が加盟しています。

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 改正ブラッセル補足条約には以下のような事項が規定されています。

第1条(パリ条約との関係)

  • 改正ブラッセル補足条約の制度は改正パリ条約の制度を補足するものであって、改正パリ条約の規定に従うものとし、かつ改正ブラッセル補足条約が適用される。

第2条(適用範囲)

  • 以下の原子力損害に適用される。
    1. 締約国の領域内で生じたもの
    2. 非締約国で生じたものを除き、締約国の領域外の海域又はその海域上空で生じたものであって、締約国に関する場所や締約国の国民が被ったもの
    3. 締約国の排他的経済水域内や大陸棚で生じたもの

第3条(補完資金のシステム)

  • 締約国は、一事故あたり15億ユーロまでの原子力損害を賠償することを約束する。
  • 賠償資金は以下のように調達される。
    1. 7億ユーロまでは保険その他の資金的保証又は改正パリ条約に従って提供される公的資金
    2. 7億ユーロと12億ユーロとの間の額は、責任を負う運転者の原子力施設がある国によって用意される公的資金
    3. 12億ユーロと15億ユーロの間の額は、12条に定める分担の計算式に従って締約国により用意される公的資金

第5条(締約国の請求権)

  • 運営者が、改正パリ条約に従って求償権を持つ場合、改正ブラッセル補足条約の締約国は、第3条の公的資金の限度内で同じ求償権を持つ。

第6条(消滅時効との関係)

  • 改正ブラッセル補足条約による公的資金の算定においては、原子力事故の発生日から、死亡・傷害の場合は30年以内、その他は10年以内に行使される賠償請求権に限る。

第7条(改正パリ条約第8条(d)との関係)

  • 締約国が改正パリ条約第8条(d)(国内法により3年を下らない期間で賠償請求権の消滅時効期間や除斥期間を定めることができるという規定)を行使する場合には、少なくとも3年を消滅時効期間とする。

第8条(十分な補償を受ける権利)

  • 損害の額が15億ユーロを超えるおそれがある場合、締約国は、改正ブラッセル補足条約の下で用意される補償額の配分について公平な基準を設けることができる。

第9条(公的資金の必要性)

  • 改正ブラッセル補足条約による賠償額が12億ユーロに達した場合、運転者の資金余裕や運転者の責任額制限の可否に関わらず、締約国は公的資金の拠出を求められる。

第10条(公的資金からの支出)

  • 自国に国際裁判管轄権を有する締約国は、原子力損害が12億ユーロを超えるおそれがある場合、直ちに原子力事故の発生及びその状況を各締約国に通告しなければならない。
  • 自国に国際裁判管轄権を有する締約国だけが、各締約国に公的資金を用意させる権限及びその資金を配分する権限を持つ。
  • 国内法に定める条件に従って為された公的資金の支払いについて、他の締約国は承認しなければならない。賠償に関して管轄権を有する裁判所が下した判決は、改正パリ条約の規定に従って他の締約国の領域内で執行できる。

第11条(原子力施設がない締約国が裁判管轄権をもつ場合)

  • 責任を負う運転者の原子力施設を持たない締約国の裁判所が裁判管轄権を持つ場合、7億ユーロから12億ユーロまでの公的資金は、当該国が用意し、責任を負う運転者の原子力施設を持つ締約国がその金額を当該国に償還する。

第12条(締約国による公的資金の分担の計算)

  • 締約国が用意する12億ユーロから15億ユーロまでの公的資金の拠出分担式
    1. 35%は各締約国のGDPと全締約国のGDPとの比率を基礎として計算する。
    2. 65%は各締約国の原子炉の熱出力と全締約国の原子炉の熱出力の比率を基礎として計算する。
  • 改正ブラッセル補足条約に加入する場合、公的資金は増加される。増加額は、加入国のGDPと原子炉の熱出力によって決定される額を1,000ユーロ単位に切り上げた額とする。

第13条(原子力施設の目録)

  • 締約国は、改正パリ条約第1条の定義に該当する原子力施設(原子炉、核物質の加工工場、再処理工場、核物質の貯蔵施設等)を全て目録に掲載しなければならない。

第14条(締約国による公的資金の利用可能性)

  • 締約国が改正ブラッセル補足条約や改正パリ条約の適用範囲外の事項について規定を制定することを妨げない。ただし公的資金に関する規定は締約国の義務を増加させるようなものであってはならない。
  • 改正ブラッセル補足条約の全ての加盟国が原子力損害の補完的補償に関する他の条約に加盟した場合は、その条約の義務を満たすために、改正ブラッセル補足条約の締約国の公的資金として準備される資金を使ってよい。

第15条(改正ブラッセル補足条約の締約国ではない国家との補償合意)

  • 改正ブラッセル補足条約の締約国は、非締約国と、原子力損害に対する公的資金からの賠償について、協定を結ぶことができる。
  • このような協定による賠償の支払い条件が、改正パリ条約や改正ブラッセル補足条約に関係して締約国の講じる措置の条件よりも有利でない限り、協定によって支払われるものは、第8条(損害の額が15億ユーロを超えるおそれがある場合に配分の基準を設ける)が適用される場合に全損害額の算定において考慮される。

第16条(協議)

  • 締約国は、改正ブラッセル補足条約及び改正パリ条約の適用から生じる共通の関心事項の全てについて、相互に協議する。
  • 改正ブラッセル補足条約の発効した日から5年後に、または締約国の申立てがあるときはいつでも、この条約の改正が望ましいかどうかについて相互に協議する。

第17条(紛争解決手続き)

  • 改正ブラッセル補足条約の解釈や適用に関して締約国間に紛争が生じた場合には、当事国は交渉等により協議する。
  • 紛争が解決されない場合には締約国が友好的解決を支援するための会合を開く。会合によっても紛争が解決しない場合は、欧州原子力裁判所に付託される。
  • 原子力事故が改正パリ条約と改正ブラッセル補足条約の解釈や適用に関して締約国間に紛争を生じさせた場合、紛争解決の手続きはパリ条約に定める手続きによる。

第18条(留保)

  • 全ての署名国が承諾を与えた場合には、規定を留保できる。

第19条(パリ条約締約国であることの要件)

  • 改正パリ条約の締約国でない国は、改正ブラッセル補足条約の締約国になることや締約国にとどまることはできない。

第20条(発効等)

  • 改正ブラッセル補足条約の批准書等はベルギー政府に寄託される。
  • 改正ブラッセル補足条約は、6番目の批准書が寄託された3ヵ月後に効力を生ずる。

第21条(改正)

  • 改正ブラッセル補足条約の改正は、すべての締約国の合意によって行われなければならない。

第22条(加入)

  • 改正パリ条約の締約国であって改正ブラッセル補足条約に署名していない国は、改正ブラッセル補足条約が発効した後、ベルギー政府に対する通告によって改正ブラッセル補足条約への加入を求めることができる。
  • 加入書の寄託から3ヵ月後に加入の効力が発生する。

第23条(失効)

  • 改正ブラッセル補足条約は改正パリ条約が失効するまで効力を持つ。
  • 改正ブラッセル補足条約の失効や締約国の脱退は、失効や脱退の日の前に発生した原子力事故の損害に対する賠償の支払いについて、各締約国が負った義務を終了させるものではない。

第24条(領域の一部への適用)

  • 改正ブラッセル補足条約は、締約国の本土の領域に適用される。
  • 改正パリ条約がある領域について適用されなくなった場合は、改正ブラッセル補足条約も適用されなくなる。

第25条(寄託者の義務)

  • ベルギー政府は、全ての署名国及び加入国政府に対して、批准書等の受領を通知する。

改正パリ条約についてはこちら

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