我が国の原賠制度が「原子力損害の賠償に関する法律」等に規定されているように、諸外国における原子力損害賠償制度も各国の実情を背景とした国内法により規定されているので、各国制度の概要を把握しておくことは大切です。
原賠制度と言っても、各国においてその制度設計は異なります。したがって、原子力に関わる事業を行う場合には当該国の制度をよく理解して対処しておかなければ思わぬリスクに直面する恐れがあります。我が国の制度との違いを把握して、諸外国における事業リスクに備えておく必要があるでしょう。加えて、原子力損害の発生に際して、関係者が他の法律による責任を負う可能性もありますので、国により該当する賠償責任に関わる法律の違いはありますが、それらの法律についても検討しておくことが必要です。
新規原子力導入国における法整備のためのガイドブックであるIAEAの「原子力法ハンドブック」には原賠制度の基本的な事項(制度の必要性、文言の定義、厳格責任、責任集中、免責事項、責任限度額、除斥期間、賠償措置と補償制度、輸送に関する賠償責任等)や国際条約に関する事項が記載されていますが、今後のメルマガで数回にわたり、これらの事項に関わる各国の比較による「諸外国の原賠制度の特徴」を掲載していきます。なお、それぞれの国の原賠制度については、既報のメルマガを参照願います。
- (原賠制度を規定する諸外国の法律)
諸外国の原賠制度はどのような法律に規定されていますか?
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- 諸外国においては、我が国のように原賠制度を単独の法律で規定する国ばかりではなく、むしろ、原子力関係法の大元となる“原子力法”の一部として規定されている国が大半です。
- 変り種としては、原賠制度の基本的な事項は国際条約に拠るものとして、その国際法を補う国内法と一体化した制度を持つ国もあります。
【A1.の解説】
我が国の原子力開発利用は「原子力基本法」をはじめ、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」「原子力災害対策特別措置法」などの法律に基づいて実施されており、原賠制度を規定する法律は民法の特別法である「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」、「原子力損害賠償補償契約に関する法律(補償契約法)」等に規定されています。しかし、諸外国においては原賠制度を我が国のように単独の法律で規定する国ばかりではありません。
多くの国においては、設置許可や安全規制などを含めた原子力全般に関して規定する“原子力法”の一部として、安全規制などと同列に原賠制度が規定されています。
また、フランスのように、原賠制度の基本的事項である運転者への無過失責任、責任集中、免責事項等について自国の国内法で規定せず、パリ条約やブラッセル補足条約の規定をそのまま適用した上で、各国の裁量に委ねられている部分を国内法によって補う形で条約を取り込んだ原賠制度を持つ国もあります。
なお、中国においては国務院により原賠制度に関する文書が公布されているだけで、原賠制度を規定する法律は未だ制定されていません。
主な諸外国の原賠制度について、規定する法律を分類して例示すると以下のようになります。
○ 単独の法律で規定されている国
(1)原子力損害賠償法
- 日本「原子力損害の賠償に関する法律」
- 韓国「原子力損害賠償法」
- 台湾「核子損害賠償法」(原子力損害賠償法)
- インド「原子力損害に関する民事責任法」
- スイス「原子力損害の第三者責任に関する法律(LRCN)」
(2)条約を取り込んだ形の賠償法
- フランス「原子力分野における民事責任に関する法律」(パリ条約、ブラッセル補足条約を直接適用する)
○原子力法の一部に規定されている国
- ロシア「原子力エネルギーの利用に関する連邦法」
- ドイツ「原子力の平和利用およびその危険に対する防護に関する法律」(原子力法)
- 米国「原子力法」(原子力法の170条に関する改正法を“プライスアンダーソン法
- ベトナム「原子力法」
- ポーランド「原子力法」
- マレーシア「原子力エネルギー免許法」
- インドネシア「原子力エネルギー法」
- イギリス「原子力施設法」
(PA法)”と呼ぶ)
○原賠制度が法制化されていないが、それに代わる制度を定める国
- 中国・・・原賠制度を規定する法律は無く、原子力事故の損害賠償責任に関する国務院からの原子力行政機関への回答が原賠制度の拠り所とされる。
- (原子力損害の責任主体に関する諸外国の規定)
諸外国においても日本と同様に、原子力事業者だけが原子力損害の責任を負うという原則は堅持されていますか?
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- 原子力事業者だけが原子力損害の責任を負う仕組みは諸外国の制度や国際条約にも共通する原賠制度の基本的原則の一つです。
- 原賠制度上で原子力事業者の無過失責任を問わない国はありません。したがって、原子力損害について責任はまず原子力事業者が負うことになります。ただし、この第1次的な責任を負った原子力事業者が、被害者に支払った損害賠償を他に求償できるかについては、原子力施設・設備等の関係者に対して、過失や欠陥があった場合の求償する可能性を規定している国もあります。
- 米国では原子力法(PA法)に責任集中は規定されていませんが、事業者に対して抗弁権の放棄、経済的な責任の集中、賠償責任の免除の放棄等を義務付ける契約により、実質的に無過失責任・責任集中と同様の仕組みを作っています。
【A2.の解説】
我が国の原賠法では、第3条に免責事項の場合以外は原子力事業者が原子力損害を賠償する責任主体であること(無過失責任)が規定されたうえで、第4条に原子力事業者以外の者は責任を負わないこと(責任集中)が規定されており、また、原子力事業者が被害者に支払った損害賠償に関する求償権についても、第三者の故意により生じた場合と原子力事業者と他の者の間に特約がある場合に制限されています(第5条)。
このように原子力事業者の責任は各国の国内法に規定されていますが、無過失責任・責任集中・求償権の制限により原子力事業者だけが原子力損害の責任を負う仕組みは、各国の制度や国際条約にも共通する原賠制度の基本的原則の一つとなっています。
しかし、原子力損害の賠償責任は原子力事業者に集中させていても、場合によっては原子力事業者が原子力施設の建設業者や設備・機器の供給者などに求償することを妨げないとしている国もあります。その最も特徴的な例として、インドでは、原子力事業者は被害者に対する賠償を行った後に、「明らかな又は潜在的な欠陥のある設備・材質、又は基準以下の役務があって、供給者又はその従業員の行為による結果から生じた原子力事故の場合、事業者は求償権を有する」(第17条b項)と規定しています。また、韓国では、「原子力損害が資材の供給や役務・労務の提供(資材の提供)により生じたときには、原子力事業者は、当該資材を提供した者やその従業員に故意又は重大な過失があるときに限り求償することができる。」(第4条)としています。このように、これらの国においては、製品や役務に重大な過失(故意は勿論のこと)や欠陥があった場合に、賠償義務が供給者にも及ぶ可能性があることが明らかになっています。
また、米国では不法行為に関する責任は州法に基づいて判断されるため、連邦法である原子力法に原子力損害賠償に関わる責任集中は規定されていません。その代わりに米国の原賠制度では、原子力事業に関する許認可の際に事業者が政府と結ぶ補償契約において、事業者の抗弁権の放棄、経済的な責任の集中、賠償責任の免除の放棄等を条件とすることにより、実質的に無過失責任・責任集中と同様の仕組み(「経済的責任集中」と呼ばれています)を作っています。
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