英国の原子力技能に関する国家戦略公表 ~原子力人材の増強に向けた具体策

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英国政府は5月15日、原子力分野における人材確保に向け、新たに「技能(スキル)に関する国家原子力戦略計画(National Nuclear Strategic Plan for Skills(NNSPS))」を始動させました(5月29日付の原子力産業新聞にて既報)。この計画は、政府が2023年8月に立ち上げた原子力技能タスクフォース(Nuclear Skills Taskforce)により策定されたもので、産官学が結集し、今後数年間に民生/国防用において必要と見込まれる原子力技能の大幅な成長を支援するための技能戦略を策定し、取組の強化を図ることが狙いです。

計画では、2025/26年度(2025年9月~2026年8月)までに原子力分野での新規の実習生数を倍増させ、2030年までに4万人の新規雇用の創出を目標に掲げるほか、業界の労働力を約50%増加させ、原子力部門が魅力的で長期的なキャリアの選択肢となることをめざしています。また今回、この技能計画の発表とともに、政府、民間の関連組織により「原子力技能憲章」が署名されています。なお、実際の計画は、原子力技能を主導する組織体である原子力技能提供グループ(Nuclear Skills Delivery Group, NSDG)が実施します。

今年に入り、英国は、原子力人材確保に向けた取組を加速させています。2月には、民生/国防用の原子力人材の需給ギャップを埋め、原子力部門へ人材を呼び込み、採用するためのイニシアチブ「デスティネーション・ニュークリア(Destination Nuclear)」を始動させました。さらに3月にはR. スナク英首相が、訪問先のイングランド北部の都市バロー・イン・ファーネス(Barrow-in-Furness, 英国の潜水艦建造の本拠地)で、原子力労働力の強化および新規雇用支援に向けて、官民投資パッケージを発表しました。政府は今後、英国の防衛大手BAEシステムズやロールス・ロイス、仏EDF、米バブコックなどの産業界と連携し、技能や雇用、教育に2030年までに少なくとも7億6,300万ポンド(約1,530億円)を投資するとしています。

英国は、国の安全保障、エネルギー・セキュリティ、経済的繁栄、2050年ネットゼロの観点から、原子力部門を重視しています。英国政府が発表した「英国のエネルギー安全保障戦略(2022年4月)」および「2050年までの原子力ロードマップ(2024年1月)」では、2050年までに最大2,400万kWの原子力発電設備容量を達成し、電力需要の25%を原子力で供給するという野心的目標が示され、原子力を2050年ネットゼロ達成の基盤と位置付けています。

ここでは、今回発表された「技能に関する国家原子力戦略計画」の4つの主要テーマとそれに関するプロジェクトの内容について紹介します。

技能計画――主要テーマ

「原子力技能憲章」と「技能に関する国家原子力戦略計画」は、いずれも4つの主要テーマを中心に構成されており、労働力の育成と維持のための協力と行動の中核となる分野を対象としている。

1. 原子力部門全体で協力する

持続可能なパートナーシップと機会を育むため、原子力部門全体の協力を強化する。これは、(業界への)誘引、維持、研修を通じて、現在および将来の原子力労働力を提供するものである。これには、例えば、地域ハブ(Regional Hubs)を介した知識の共有と共同の地域開発に重点を置いた、国と地域のパートナーシップの両方が含まれる。また、原子力部門の知名度を高めるための全国広報キャンペーンの後援も含まれる。

2.労働力のプール(層)を深める

中途採用を引き付け、育成するためのスキルアップ・プログラムを通じて雇用機会を増やし、2025/26年度から見習い(実習)や新卒スキームを通じて新規採用を倍増させ、主要な専門家の数を増やし、経験豊富な指導者リソースを継続教育(Further Education, 義務教育が終了する16歳以降の教育と職業訓練。大学での教育を除く)に提供する。このテーマはまた、STEM【Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、 Mathematics(数学)に関する教育分野】キャリアと社会的流動性の機会を増やすための原子力奨学金とスポンサーシップ・スキームの支援も含む。

3. 既存の労働力に投資する

労働力とその重要な役割を称え、コミュニティの感覚を築き、そして意欲をかき立て、発奮させ、人材を長期的に維持する仕組みを作ることで、原子力部門におけるキャリアの成長と能力開発の機会を増やす。

4. 長期的な視点でリーダーを育成する

将来のリーダーが成長し、さまざまな組織や場所で働く経験をするための新たな機会を通じて、原子力部門における長期的なリーダーシップとスチュワードシップを確保する。さらに、すべての原子力部門の組織において、平等・多様性・包括性(Equlity, Diversity and Inclusion, EDI)の向上を図り、継続的に機会を支援する。

技能計画――主要プロジェクト

技能計画は、4つの主要テーマにわたる15のプロジェクトを対象としており、それぞれに具体的な目標が設定されている。

A. 協力

「統合レビュー刷新2023(Integrated Review Refresh 2023)」および「民生用原子力:2050年までのロードマップ(2024)」で詳述したとおり、国防省(MOD)とエネルギー安全保障・ネットゼロ省(DESNZ)は、協力の機会を積極的に摸索している。これには、民生/国防の原子力事業や技能の提供、および産業界と学術界のパートナーに対する一貫した需要シグナルを確保するために適切な場所でのシナジーの追求が含まれる。

地域ハブ

地域ハブを設立し、民生/国防の原子力組織などを横断する共同行動を実現する。これにより、配備される労働力のキャパシティ(Capacity)とケイパビリティ(Capability)を強化する。各地域が異なる技能課題に直面し、予測されるタイムラインも異なることを認識し、社会的影響、流動性、STEMアウトリーチ、サプライチェーンとの関係を最大化するために、全国的なイニシアチブを各地域に合わせて調整する機会がある。

全国広報キャンペーン

英国にとっての原子力の重要性を認識させ、民生/国防の原子力組織で働くことのできる多種多様な職務を紹介する「デスティネーション・ニュークリア(Destination Nuclear)」と呼ばれる、部門全体を対象とした継続的な全国広報キャンペーンを実施することにより、原子力部門に新たな人材を引き付ける。これにより、原子力の包括的なブランドが確立され、原子力部門に関する誤解を払拭し、啓発するとともに、原子力部門が英国の大多数の人々にとって機会があることを明確にすることができる。

デスティネーション・ニュークリアは、ナショナル・キャリア・サービス(National Careers Service)やキャリア・アンド・エンタープライズ・カンパニー(Careers & Enterprise Company)と連携することで、近接部門から原子力部門への転用可能な技能を持つ人材の再就職を支援できる可能性がある。これらの組織は、原子力のような部門が、学校、カレッジ、コミュニティのキャリア・リーダーやキャリア・アドバイザーに情報を広めることを支援している。

B. 深化
転職者

中途採用者を対象とした介入を実施し、最も重要な専門職の技能不足にうまく対処する。このプロジェクトは、デスティネーション・ニュークリアと連携してその部門と役割を推進するとともに、他部門から入社した人々ができるだけ早く即戦力となれるよう、加速学習とスキルアップの機会を提供する。

見習い(実習)

原子力部門の全組織で利用可能な実習制度の数を大幅に増やし、2025/2026年度までに原子力部門の実習生を倍増させる。これにより、溶接や電気技師などの技能者やエンジニアリング、プロジェクト管理など、幅広い分野の機会が提供される。

卒業生

2025/2026年度までに、学位取得後間もない人々を対象とした組織内の卒業生スキームへの参加枠を拡大することにより、原子力労働力に参入する卒業生の数を2倍にする。

これには、STEM科目を履修する学生を支援するスポンサーシップと奨学金スキームの実施も含まれる。スポンサーシップ・スキームは、これまで大学に進学する機会がなかったような学生を対象とする。

PhDs

科学と核分裂の専門家の博士号取得者数を4倍に増やし、英国の国防/民生用原子力部門の専門家を確保する。このような高度な技能の供給を確保することは、原子力計画の技術的実現を主導し、英国が原子力能力において世界のリーダーであり続けることを確実にするうえで、大きな役割を果たす。我々は、これをサポートするために博士課程研修センターの数を増やす機会を摸索する。

原子力部門の専門家の研修

さまざまな教育・研修業務に携わる業界の専門家を引き付け、確保するための全国的なブランド・プログラムを開発し、継続教育を受ける学生に対し、その専門的な知識と経験を伝えることができるようにする。

C. 投資
原子力コミュニティ

すべての従業員や仕事を求めている人々が、原子力部門について詳しく知り、どのような機会があるかを見つけ、雇用主に直接求人に応募ができる中心的な求人ポータルを設立する。

交流

あらゆる種類の交流機会を通じて流動性を促進するため、部門横断的な調整ネットワークを確立する。これにより、原子力分野でのキャリアの幅を広げたり、充実したキャリアを築く機会を求めている可能性のある人々が、部門を越えて移動できるようになる。

研修環境の最適化

このワークストリームは、英国のキャパシティとケイパビリティの最適化を目的としており、次の3つの主要な活動を対象としている:

  1. リソース、契約、構造(指導者の利用可能性を含む)を調整することにより、原子力部門の研修能力を拡大させるとともに、従業員が能力開発のために利用できるサービスをより明確化する。
     
  2. キャリアパス、ロール・プロファイル、関連資格を標準化し、特に重要な技能分野において、転用可能性を高め、再教育の必要性を減らす。
     
  3. 既存のギャップを埋めるために、必要な教育に対する需要と供給を把握し、地域レベルで取り組む。
D. リーダー育成
部門を超えたリーダーシップ

将来のリーダーたちに、ネットワーク作り、協力、異なる組織や場所での仕事を経験する機会を提供する一流のリーダーシップ育成プログラムを策定する。

将来の幹部育成スキーム

高い潜在能力を持つ人材が、効果的なリーダーシップ・スキルを身に付け、幹部になるための道筋を示す。このスキームは、さまざまな組織で働く機会を提供することを含め、個人の技能、経験、人間関係を築くものである。参加者が潜在能力を発揮し、英国の原子力部門で上級職や優先的な役割に昇進できるよう挑戦する。

平等、多様性、包括性(EDI)

採用の増加は、原子力部門内の人材プールの多様性を拡大する機会を提供する。さらに、労働力に対する研修が増えることで、原子力部門全体にEDIをさらに定着させ、意識を高め、ベストプラクティスから学び、イニシアチブをとる機会が増える。

(2024年6月)■

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