ウクライナの原子力発電所の状況 #74
◆ウクライナの状況に関するIAEA事務局長声明 第157号(現地時間2023年5月12日)[仮訳]
国際原子力機関(IAEA)のラファエル・マリアーノ・グロッシー事務局長は本日、声明を発表。ウクライナのザポリージャ原子力発電所(ZNPP)では、現状の運転レベルに必要なスタッフ数は十分だが、メンテナンス要員が現場で不足し続けていることは、原子力安全とセキュリティに悪影響を与え、今後問題になるとの見解を示した。
ヨーロッパ最大の原子力発電所であるZNPPは軍事紛争の最前線に位置し、約15か月前にウクライナでの紛争が始まった頃から、スタッフの数が大幅に減少している。同地域における軍事行動が活発化する兆しがある中、発電所職員とその家族にとって困難で厳しい状況が続いている。
グロッシー事務局長は、「この大規模な原子力発電所を、この必要最低限の人員だけで長期間維持することは持続可能ではない。原子力発電所の安全性確保のためには、たとえ停止状態であっても、プラント機器の十分なメンテナンスと、その他の定期的かつ重要な作業が必要である。決められたメンテナンス計画がここ何か月も実施されなかったことは問題である」と述べた。
先週、ZNPP駐在のIAEA専門家は、プラント関係者の多くが住む近隣の町エネルホダルから住民の自主避難が始まったことを知り、スタッフの状況についてさらなる不確実性が生じたと指摘した。
IAEAチームは、この1週間で現場スタッフの数が減っているものの、制御室で働く重要なスタッフは各シフトに従い勤務していることが確認できている。
IAEAの専門家によると、過去1週間の職員数の減少は、最近の祝祭日期間と地域の現在の状況によるものであるが、サイト管理者は、原子力安全を含むあらゆる関連規制要件を満たすために十分なスタッフを確保することが引き続き優先事項であると付け加えたという。
グロッシー事務局長は、厳しい人員配置の状況が、原子力安全とセキュリティに重要なシステムを適切に維持するZNPPの状況に影響を与えるおそれがあると懸念を示し、「中・長期的には、原子力事故のリスクとそれに伴う住民や環境への影響を増大させることになる。ZNPPを適切に維持し、常に安全な状態を保つことができるだけのスタッフ数が確保されなければならない」と語った。
IAEA事務局長は、職員とその家族の福祉、および原子力安全とセキュリティへの潜在的な影響について繰り返し懸念を表明しているが、IAEAチームは事態を注意深く監視しており、専門家はここ数日、エネルホダルを訪れ、ZNPPの原子炉制御室等で働くスタッフと対話したという。
「ZNPPは非常に困難な人員配置の状況にあることは間違いない。ZNPPの6基の原子炉はすべて停止状態にあり、必要な運転スタッフの数は少なくなっているため、今のところ人員に問題はないというのが私たちの評価であるが、これではこの大規模な原子力発電所を安全、安心、持続的に運営することはできない」と事務局長は付け加えた。
また、ZNPPのIAEAチームは以前、スタッフの減少、過去にメンテナンス作業の一部を実施していた外部業者の不在、重要部品を含むメンテナンスに必要なスペアパーツの不足により、プラントのメンテナンス能力に大きな影響があることを報告していた。
グロッシー事務局長は、同地域やその他の場所で将来、軍事作戦が実施される見通しが高まる中、ZNPPの原子力安全およびセキュリティ全般への懸念が高まっていると述べた。現地にいるIAEAの専門家は、砲声や銃声を聞き続けている。
「私は、ZNPPの保護を確保するため、あらゆる関係者と鋭意、交渉を続けている。ウクライナはもとより、世界各地の人々の健康や環境に深刻な影響を及ぼす可能性のある原子力事故が発生すれば誰もが影響を被ることになる。ZNPPを守ることは、すべての人にとって明らかにWin-Winとなるはずである。私は達成されるまで諦めない」とグロッシー事務局長は語った。
ZNPPは、原子炉の冷却やその他の原子力安全・セキュリティに不可欠な機能に必要な外部電源を唯一機能している750kVの送電線に依存し続けており、原子力安全・セキュリティ上のリスクをさらに際立たせている。紛争前、ZNPPには外部電源の送電線が4系統あったが、3月1日にドニプロ川右岸で損傷した最後のバックアップ用330kV送電線はいまだ修復されていない。
IAEAチームは、他の外部電源の復旧に向けた行動を監視し続けているが、ロスアトムの保証にもかかわらず、近くのザポリージャ火力発電所(ZTPP)へのアクセスはできていない。ZTPPは330kVの開閉所を運営しており、過去にはこの開閉所を通じてZNPPにバックアップの電力を供給していた。グロッシー事務局長は、IAEAができるだけ早くZTPPにアクセスできるようにすることの重要性を強調した。
IAEAの専門家は、カホフカ貯水池の高さを監視している。貯水池の高さはこの1か月で大きく上昇し、5月6日には17.12mという歴史的な高さを記録したため、この高さが発電所に悪影響を及ぼすのではないかという懸念が浮上した。現在の高さは17.07m。ZNPPの敷地の標高は22mで、現在の貯水池の高さより約5m高い。2011年の福島第一原発事故後に実施されたストレステストの一環として、洪水によるプラントへの影響の可能性が分析された。上流のダムがすべて決壊するという保守的なシナリオに基づく分析では、水位は19.6mに達する可能性があり、それでもサイトの標高を下回ることが示された。水位が17.7mを超えると、貯水池の水は直接ZNPPの冷却池に流れ込み、冷却水の水質に悪影響を及ぼす可能性があるが、ZNPPの安全性には影響しない。
また、もし貯水池の高さがZNPPから約100キロメートル下流に位置するカホフカ・ダムが貯水できなくなるほどの高さまで上昇し続けるならば、ZNPPや近隣の町や村の周囲の水位が低下すると考えられる。しかし、IAEAは、このような水位低下は、原子力安全およびセキュリティに直ちに脅威を与えるものではなく、ウクライナの状況に関するIAEA事務局長声明 第145号で報告された状況と同様であると評価している。
IAEAの専門家は、ウクライナの他の原子力発電所(フメルニツキー、リウネ、南ウクライナ)およびチョルービリのサイトにも常駐し、紛争中のウクライナの原子力安全・セキュリティの維持に貢献している。数週間にわたり比較的平穏な日々が続いていたが、今週初め、空襲警報が頻繁に鳴り響いたとの報告があった。
5月1日、ウクライナの原子力安全とセキュリティの維持を支援するIAEAの取り組みの一環として、ウクライナへの16回目の機材搬入が行われた。ウクライナ水文気象センターの放射線モニタリング能力強化、データ保存、IAEA IRMIS(国際放射線モニタリング情報システム)ウェブサイトを通じた国際的なデータ共有のためのIT機器である。また、ウクライナ保健省公衆衛生センターには、頻繁な電力損失を補うため、ポータブル電源システム200台が納入された。同機器は、オーストラリアからの特別拠出金を用いてIAEAが調達したものである。
5月5日、IAEAはフランスおよびウクライナのエネルゴアトムと、ウクライナの原子力発電所への支援に関する協定に署名した。この協定により、ウクライナは南ウクライナ原子力発電所の非常用ディーゼル発電機に必要なスペアパーツを受け取る。原子力発電所は、外部電源が喪失した場合、復旧するまでの間、安全かつ確実な運転を継続するための電力を供給するために非常用ディーゼル発電機に依存している。非常用ディーゼル発電機のスペアパーツの確保を含めたメンテナンスと機能性が、外部電源の喪失による原子力事故を防ぐために適切に機能することが不可欠である。
※日本原子力産業協会は、ウクライナの原子力発電所及び都市名等の名称については、ウクライナ語および表記・発音に基づく以下の表記を使用します。
フメルニツキー、リウネ、南ウクライナ、ザポリージャ、チョルノービリ(チェルノブイリ)、
キーウ(キエフ)、ハリキウ(ハリコフ)
※ロシア軍によるチョルノービリ原子力発電所の占拠期間:2022年2月24日~2022年3月31日
ロシア軍によるザポリージャ原子力発電所の占拠期間:2022年3月4日~
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